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さいたま歴史散歩

武蔵武士 発展期/7 義仲三代、埼玉にゆかり /埼玉

「清水冠者」と号した義高を祭る清水八幡宮。すぐ近くには入間川が流れる=埼玉県狭山市で

 平家の滅亡と源頼朝による武家政権が近づいてきたが、その前に京から平家を追い出して「朝日将軍」と称された木曽義仲(1154~84年)について詳述しよう。その父と本人、嫡男と三代にわたって埼玉との縁が非常に深いからだ。

 義仲の父義賢が源氏の内紛により現嵐山町を舞台にした「大蔵合戦」(1155年)で甥(おい)の義平(頼朝の兄)に討たれたことは以前当欄で紹介した。当時2歳(数え年)で駒王丸と呼ばれた義仲が現嵐山町から木曽に逃れたことも触れた。逃亡を手引きしたのは、義平側だった畠山重能(重忠の父)と、同じく義平側で妻沼聖天山(現熊谷市)を開基したことで知られる斎藤実盛である。

 鎌倉時代の軍記物「源平盛衰記」によると、義平は義賢を討った後、畠山重能に「駒王丸も探し出して殺害せよ」と厳命した。重能は駒王丸を見つけたものの、2歳の幼児をふびんに思い、斎藤実盛に保護を依頼。実盛は7日間預かった後、駒王丸を木曽に逃し、地元の豪族に託した。

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