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支局長からの手紙

続・松山城の濠 /愛媛

憩いの場として親しまれる松山城の濠。終戦直後、南濠を残してすべてを埋め立てる計画が持ち上がったが、守られた=松山市で、長谷川容子撮影

 前回に続き、戦後の一時期、埋め立ての危機にあった松山城の濠(ほり)の話です。

 濠の内側、城山公園内の案内板には、こんな説明があります。「今に残る濠は当時の多くの人たちの保存に向けた努力のたまものです」。それでは、どうやって守られたのでしょう。

 元県庁マンで松前町文化財保護審議会会長を務める藤岡香市さん(80)は最大の功労者に、同町出身の弁護士、岡井藤志郎(1895~1974)の名を挙げます。岡井の捨て身の勇気と覚悟が、濠の存続に大きな役割を果たしたというのです。

 終戦から間もない1948年、「濠の水が不潔だ。公衆衛生上良くない」などの理由で進駐軍からの勧告を受け、松山市はまず東門近く、現在は駐車場として利用されている二の丸南側の内濠の埋め立てに着手。翌年さらに、城濠を埋め立てる工事計画案を議会に提案します。

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