日米関係を揺るがしたジラード事件 「密約」が阻んだ捜査 63年前の父の悔しさ
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群馬県相馬村(現榛東村)で日本を激怒させた事件が63年前にあった。日本人女性を射殺した米兵の名前からジラード事件と呼ばれ、日本側が元被告を軽い罪にするように合意した「密約」があったことがのちに指摘されている。当時の県警幹部は思うように捜査を完遂できなかった悔しさを家族に伝えていた。【東京社会部・伊澤拓也】
金網のフェンスの先に広がった原っぱに、寒風が吹き付ける。寂寥(せきりょう)とした景色に、かつて国際問題に発展した大事件の面影はない。「坂井さんの家族は事件後に引っ越した。もう当時を覚えている住民はほとんどいないんじゃないか」。近所に住む男性は、淡々と話した。
事件は1957年1月30日、榛名山麓(さんろく)の相馬ケ原米軍演習地(現・陸上自衛隊相馬原駐屯地)で起きた。ウイリアム・S・ジラード3等特技兵(当時21歳)が、近くに住む坂井なかさん(同46歳)を小銃で撃って死亡させた。
日本人女性を手招きした後に銃撃
朝鮮特需で金属が貴重だった当時、演習地の周辺住民は空薬きょうなどの鉄くずを拾って換金し、生活の足しにしていた。鉄くずを拾っていた坂井さんはジラード元被告から「ママサンダイジョウビ。タクサン、ブラス(薬きょう)、ステイ」と拙い日本語で手招きされたという。近寄ると逆に威嚇され、逃げたところを背中から撃たれた。
坂井さんには夫と6人の子どもがおり、事件が報道されると国内世論は反米一色に染まった。捜査の陣頭指揮を執ったのは県警刑事部長だった岡田三千左右(みちざう)さん。当時48歳の若さだった。事件発生から2日後、米軍熊谷基地(埼玉県)に出向き、元被告と初めて対面した。終始うつむく元被告と目が合った瞬間、緊張と不安が入り交じる表情から「犯人」だと直感したという。その後の取り調べでは「知らない」の一点張りだった。
元被告「誤って命中した」
捜査は異例ずくめだった。米軍側の調査で元被告は自身の関与を認めたものの…
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