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村上春樹をめぐるメモらんだむ

熊本での復興支援イベント 阪神大震災の被災経験をもとに被災者に寄り添う

トークイベントで参加者らの質問に答える(左から)写真家の都築響一さん、エッセイストの吉本由美さん、作家の村上春樹さん=熊本市中央区で2020年2月22日、津村豊和撮影

 それは、不思議な「巡り合わせ」によって実現した夕べだった。2月22日、熊本市内で行われた「CREA<するめ基金>熊本」のトークイベントである。

 「CREA<するめ基金>熊本」とは、女性誌「クレア」(文芸春秋)の企画で2015年に熊本を訪れた村上春樹さんが、翌16年4月に発生した熊本地震の直後に「何か少しでもお役に立てれば」と発案した復興支援のための基金だ。同誌の公式サイトで寄付を呼びかけたところ、同年末までに全国から、同誌の読者の枠を超えて1351万円もの支援金が集まった。

 「するめ基金」の名称は、かつて村上さんが作家・エッセイストの吉本由美さん、編集者・写真家の都築響一さんとの3人で結成したユニット「東京するめクラブ」に由来する。彼らは名古屋や熱海、ハワイ、サハリンなどを旅行し、ちょっと変わった視点から食べ物や観光施設、風俗などの印象をエッセーや写真でつづった旅行記を雑誌に連載。それをまとめた本「地球のはぐれ方」を04年に出版した。その後、吉本さんが故郷の熊本に帰り、ユニットの活動は休止していたが、15年6月に「東京するめクラブ」の“同窓会”と称して、村上さんと都築さんが熊本の吉本さんに会いに行く。4泊5日の旅の模様は「クレア」同年9月号に掲載され、村上さんの紀行文集「ラオスにいったい何があるというんですか?」に収められた。

 地震はその旅の10カ月後に襲い、3人が訪問した場所の多くも大きな被害を受けた。イベントでは、基金の使い道や支援先の復旧状況の報告とともに、村上さんの自作朗読、都築さんのトーク独演、事前に寄せられた質問に答えるコーナーなどがあった。

 ちなみに「するめ」の名は「かめばかむほど味が出る」から来ていて、今回の基金に際しても村上さんが「するめをかむみたいに、じっくりたゆまず支援を進めていきましょう」と呼びかけていた。そういえば、16年前の「地球のはぐれ方」刊行時、同じ3人は東京・青山の書店で、記念のトークショーを行ったことがあった。筆者はこの時も取材したが、当時は村上さんが公開の場に登場するのはきわめて珍しかった。最近の村上さんは、記者会見を開いたり、ラジオ番組の公開録音を行ったり、朗読会で未発表の新作を披露したりと、とても「開かれている」印象を与える。何か心境の変化があったのだろうか。

 「巡り合わせ」というのは、もちろん一つには新型コロナウイルスの感染拡大がある。当日は約230人の来場者をはじめ運営スタッフ、報道関係者の全員がマスクを着用する中で行われた。会場は明治初期に建てられた元酒蔵という重厚な木造の建物。開会前には主催者側から「出入り自由にしますので、少しでも体調が悪くなったら、いったん会場の外に出てください」といったアナウンスもあった。村上さんも冒頭のあいさつで「今晩はどうなるか、ギリギリまで中止か決行か迷った」と明かした。

 実際、この時期は既に全国各地で各種の催しの中止や延期が相次いでいた。しかし、まだ地域の状況や催しの性格によって判断はまちまちな段階でもあった。その後、26日には安倍晋三首相が大規模イベントの2週間自粛を要請し、翌27日には全国の小中高校などに臨時休校の方針も打ち出された。それほど大規模ではないにせよ、このトークイベントも数日後であれば中止になった可能性はある。開催自体がタイミングとして際どいものだった。

 そもそも、今考えてもユニークな組み合わせのトリオが生まれ、そのうちの1人が出身地の熊本に拠点を移すということがなければ、村上さんと熊本の親しい関係が生じることも、ましてや地震被害への支援に乗り出すこともなかっただろう。

 基金の使い道については3人が話し合い、三者三様のアイデアを生かす形となった。村上さんは、熊本市内にある夏目漱石(1867~1916年)の旧居の修復を提案した。漱石は旧制第五高等学校(現・熊本大)の教師として4年余り熊本市内に住み、その間に数回転居している。現在も3軒の旧居が残っているが、地震で建物の壁が破損するなど「かなり被害が大きかった。せっかく今まで残ってきたものだから、きちんと保存したいと思った」と、村上さんは述べた。

 また、吉本さんは熊本市動植物園の修復、都築さんはやはり大きな被害を受けた熊本県西原村にあるライブハウスでの音楽イベントに対する支援を提案し、それぞれ取り組みを進めた。会場では、一つ一つの場所で地震の前後に撮影した写真をスクリーンで紹介しながら、3人が被災状況や募金活用への思いを語った。村上さんは、一般的に寄付金は「どこに使われたか」が具体的に分か…

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大井浩一

1987年入社。東京学芸部編集委員。1996年から東京と大阪の学芸部で主に文芸・論壇を担当。村上春樹さんの取材は97年から続けている。著書に「批評の熱度 体験的吉本隆明論」(勁草書房)、共編書に「2100年へのパラダイム・シフト」(作品社)などがある。

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