メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

メーク講習会を受けたアーティスティックスイミング東京五輪代表の選手たち=東京都北区の国立スポーツ科学センターで2020年2月19日、丸山博撮影

Together

日本代表支えるメーキャップアーティスト

 「水中の華」と称される華麗な演技で観客を魅了するアーティスティックスイミング(AS)。芸術性も追求するスポーツで、日本代表選手たちを「美」の面から支えてきた男性がいる。化粧品大手のコーセー(東京都中央区)でメーキャップアーティストを務める石井勲さん(43)。あふれる熱意で営業職から転身した異色の存在でもある。【大島祥平】

メーク講習会を受けるアーティスティックスイミング東京五輪代表の乾友紀子選手(手前)。左は井村雅代ヘッドコーチ。中央はメーキャップアーティストの石井勲さん=東京都北区の国立スポーツ科学センターで2020年2月19日、丸山博撮影

 「ほら、こうしてみたら全然違う印象でしょ」。2月19日、国立スポーツ科学センター(東京都北区)で行われたメーク講習で、東京オリンピック代表チームの選手たちが今季のプログラムに合わせた新しいメークを石井さんに習っていた。

 ASでは表現力を高め、より美しく見せるためにメークの重要性が高い。そのことを強調するのは、長年日本代表を率いる井村雅代ヘッドコーチ(69)だ。「プールという大きな舞台で自分たちの意思をアピールするためには、目鼻立ちがはっきりしていないと損をする。日本人は顔のパーツが小ぶりだから、特に目元や口元のメークに気をつけている。審判の近くでもすてきに見えて、遠くからでも表現を伝えられるように、メークのもつ役割は非常に大きい」

 使用するのはすべて同社の市販品。水中で激しく動いても崩れないよう耐水性に優れたものを使い、アイカラーなどは発色が失われないようにしながら重ね塗りして仕上げる。この日はデュエット・フリールーティンの「進化~エボリューション」、チーム・テクニカルルーティンの「空手2020」などのメークを学んだ。「進化」では人工知能(AI)やロボットの無機質なイメージを表現するために目尻に三角のラインをつけたのが特徴で、「空手」は力強さを出すため青を基調に目元のラインを強めに入れた。

 日々の練習に忙しい選手たちが、まとまって石井さんからの講習を受けられるのは年3回程度だ。石井さんの言葉を真剣な表情でメモを取り、その場でアドバイスをもらいながら実践する。選手たちのメーク技術は「まだまだ個人差がある。毎日少しでも練習してもらえれば」と石井さん。井村ヘッドコーチも「塗ればいいってもんじゃないんやでー」などと明るくチェックを入れながら、選手たちを見て回った。

プロとして考えを言い合える理想的な関係

 「私が大学生のころに男の人も眉をカットしたりする時代になり、美容に興味があった」。石井さんは大学を卒業後、まだ力を入れていなかった男性向け化粧品を売り出したいとコーセーに入社した。営業を担当していたが次第に「メークを通じて女性を美しくして、喜びを感じてもらいたい」との思いが募るようになった。

メーク講習会を受けるアーティスティックスイミング東京五輪代表チームの選手たち。左端は井村雅代ヘッドコーチ。中央はコーセーメーキャップアーティストの石井勲さん=東京都北区の国立スポーツ科学センターで2020年2月19日、丸山博撮影

 メーキャップアーティストは美容学校などを出た人がほとんど。石井さんは社内の人や通信の専門学校で学んだ。熱意が実り、入社7年目の2005年、同社では初めて営業職から美容部門へ異動。上司である師匠について技術面はもちろん会話術やマナーなども含めて修業しながら、勤務時間外の朝晩も練習を重ねて力をつけていった。

 06年に同社がAS日本代表のオフィシャルコスメティックパートナーとなったことから、石井さんも選手のメーク指導に携わるようになった。

メーク講習会を受けるアーティスティックスイミング東京五輪代表の選手たち。右はコーセーのメーキャップアーティスト・石井勲さん=東京都北区の国立スポーツ科学センターで2020年2月19日、丸山博撮影

 心がけてきたのは演目の曲、水着、世界観などに合ったメークだ。テーマが決まるたびに、それらを頭にたたき込んでからメークデザイン案を複数考え、長年の付き合いでもある井村ヘッドコーチと意見をかわしながら現場で臨機応変に完成形を作り上げる。公開された講習会でも、その場でメークの発色を見た井村ヘッドコーチの提案で、当初はアイカラーに黒を入れていたものを青だけに変更した場面も。一方で、石井さんは「『進化』の方は井村さんはもう一色追加してほしいとおっしゃったが、三角の部分をより際立たせるために私の意見を聞いてもらい、そのままになった」。互いにプロとして考えを言い合える理想的な関係だ。

「美しく、そして崩れないメーク」

 メーキャップアーティストは、関係者として競技会場には入れない。大会では選手たちが演技前に、自分たちで20分ほどでメークを仕上げなければならないため「作り込みすぎないことも大事」とバランスも考えながら、手早く美しい顔を作る技を選手たちに伝授してきた。

 日本代表エースの乾友紀子(29)=井村ク=は、本番前のメークを「自分の中で、スイッチが入る時間。その時間はすごく大切」という。

 石井さんは「芸術性の高いスポーツで、メークが表現力を高める手助けになれば。美しく、そして崩れないメークという安心感を持つことで、自信をもって競技に臨んでもらえればうれしい」。東京五輪の舞台でも躍動するであろう「教え子」たちを見守っている。

大島祥平

毎日新聞東京本社社会部(五輪担当)。1978年、山口県生まれ。2004年入社。大分支局、福岡運動部を経て14年に東京運動部。19年5月から現職。12年ロンドン五輪、16年リオデジャネイロ五輪、18年サッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会などを現地取材した。高校で吹奏楽部、大学は交響楽団と文化系人間。一念発起して14年にフルマラソンを3時間33分26秒で走ったが、継続することの大切さを肉体の衰えで痛感する日々。