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東京へ ともに歩む

毎日新聞

女子470級世界選手権で総合2位に入り東京五輪の代表入りを決めて日の丸を掲げる吉田愛(左)、吉岡美帆組=神奈川・江の島沖で2019年8月9日、宮間俊樹撮影

Passion

「ママで金」セーリング女子・吉田愛の強い味方

 東京オリンピックへの強い思いを胸に、出産後3カ月で本格復帰した。2018年の世界選手権で、日本女子初の優勝を果たしたセーリング女子470級の吉田愛(39)。柔道で五輪2大会連続金メダルの谷亮子さんも果たせなかった「ママで金」を狙う。偉業達成に向け、吉田には強い味方がいる。【松本晃】

 19年8月9日、東京五輪の会場となる神奈川県江の島ヨットハーバー。笑顔で長男琉良(るい)ちゃん(2)を抱っこする吉田がいた。種目別の世界選手権で2位に入って東京五輪代表を決め、表情を緩ませる。夫でコーチを務めるセーリング男子470級の12年ロンドン五輪代表の雄悟さん(36)も温かく見守った。

セーリングの470級世界選手権で、レース後に琉良ちゃんに飲み物をあげる吉田愛(右)=ベネッセホールディングス提供

 ポイントを積み重ねながら争うセーリングは、1週間で10レース近くある。吉田は「笑顔でいれば何とかなると琉良から学んだ。悪かったレースがあっても次に向けて気持ちを切り替えることができ、成績が出るようになった」と話す。

 17年6月の出産前は完璧主義で、ストイックな性格だった。妊娠中は体力を落とさないようウオーキングなどをやり過ぎ、出産は予定より1カ月早まった。産後1カ月からトレーニングを始めると、余裕で100回できた腹筋は20回がやっと。「寝られないのが一番つらかった」と睡眠不足にも悩まされた。琉良ちゃんが体調を崩し、思うようにトレーニングできないこともあった。そんな状況にも「徐々にやっていけばいっか」。常に完璧を求めてきた性格は、息子の笑顔に癒やされて変わっていった。

 08年北京五輪から3大会連続出場中の吉田。東京五輪開催が決まった時から「私が出るしかない」と決めていた。国際大会で結果を残すため、18年ジャカルタ・アジア大会出場を見据え、産後3カ月で海の上に戻った。「海っていいな」と喜びをかみ締める一方で、「腹筋がなくなって体を反ることもできない」とブランクを感じた。それでも産後4カ月で出場した愛知県蒲郡市でのワールドカップでは2位。小学1年から競技を始めたベテランの風を読む力は鈍っていなかった。

性格も身長も正反対の凸凹コンビ

セーリング女子470級で東京五輪の代表入りを決めた吉田愛(左)、吉岡美帆組=神奈川・江の島沖で2019年8月9日、宮間俊樹撮影

 470級は船の全長470センチに由来する。セーリングの中では小型の2人乗りで、適正体重は130キロ前後。小柄な日本人に向いていると言われ、1996年アトランタ五輪では重由美子・木下アリーシア組が日本勢初となる銀メダルを獲得した。吉田がセーリング界初の金メダルを目指し、ペアに指名したのは10歳年下の吉岡美帆(29)である。

 2人は性格も身長も正反対の凸凹コンビ。身長161センチの姉御肌の吉田に対し、物静かで真面目な身長177センチの吉岡。吉田がかじ取り役の「スキッパー」、身を海上に投げ出してヨットのバランスをとる「クルー」を吉岡が務める。吉田も「理想のペア」と自負する抜群の相性だが、16年リオデジャネイロ五輪では初出場の吉岡が初日に緊張から海に落ちるミス。5位に終わった。

笑顔でインタビューに答える吉田愛(左)と吉岡美帆=神奈川県藤沢市江の島の江の島ヨットハーバーで2020年1月16日午後0時38分、松本晃撮影

 東京でのメダル獲得に向けて自らの進化が必要と感じた吉岡は、吉田が復帰するまでの期間を使い、海外に武者修行に出た。17年3月から欧州を1カ月転戦し、スペイン選手やイスラエル選手とペアを結成して2大会に出場。ヨットの準備から方法が違う相手と組んだことで、吉岡には自らの意見を相手に伝える自主性と自信が生まれた。吉田は「自分から動くようになって、意見を言うことも増えた。精神的な成長を感じた」と振り返る。

好成績の裏で支える人々

大会に向け、ステーキを食べて結束を高める吉田(右)と吉岡=ベネッセホールディングス提供

 リオ五輪前はいなかった専属コーチには夫の雄悟さんが就任し、公私にわたるサポート役ができた。スタートや風に応じた方向転換の操作などを風の強弱ごとに、約100個のチェック項目に分類。大会ごとに10点満点で2人が自己採点する練習方法は雄悟さんが世界最高峰のヨットレース「アメリカズカップ」に出場したソフトバンク時代のノウハウを取り入れたものだ。吉田は「目標に向かって逆算し、練習内容を決められる。課題を一つ一つつぶすことができる」と効果を感じる。2人の精神面の成長と技術力の向上がかみ合い、18年の世界選手権で優勝した。

 好成績の裏には支える人々がいる。雄悟さんは時には家で包丁を握り、料理もこなす。同居する吉田の母、近藤和恵さん(66)も育児を手伝い、トレーニング時間の捻出や海外遠征の際には琉良ちゃんの世話をする。保育園が休みの土日は、練習拠点の江の島にある藤沢市のボランティア団体にベビーシッターを引き受けてもらう。こうしたサポートで、1日4時間半の練習が可能になった。夫の雄悟さんや母和恵さんも含めたチーム吉田・吉岡は、大会前に必ず、みんなでステーキを食べて結束を高める。

 セーリングに限らず、出産後も競技を続ける選手は多くはない。「出産しても第一線でやりたいと思ってくれる人が増えたら」と吉田。開拓者としての自負も力に、頂点を目指す。

松本晃

毎日新聞東京本社運動部。1981年、神奈川県生まれ。住宅メーカーの営業を経て、2009年入社。宇都宮支局、政治部を経て16年10月から現職。柔道、空手などを担当。文学部心理学科だった大学の卒論は「電車の座席位置と降りる早さの相関関係」。通勤に一時間半の今に生きているような、いないような。