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原発は来なかった

約20年、串間を揺るがせた原発問題。その間人口は減少し、今、どのような地域作りへ進もうとしているのか。その現状を探った。

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原発は来なかった

串間の今/1 夢 人と金で地域活性化 /宮崎

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串間市の美しい海岸線。原発の候補地と言われた=本社ヘリから上入来尚撮影
串間市の美しい海岸線。原発の候補地と言われた=本社ヘリから上入来尚撮影

 2011年3月11日。宮崎県串間市の代口修さん(70)は、原発立地を進める協議会メンバーらと串間商工会議所に集まり、九州電力の原発立地の賛否を問う住民投票に向け、決起集会などを打ち合わせていた。そこに東日本大震災発生の報。県内にも津波警報が出された。東京電力福島第1原発の惨状がニュースで流され、代口さんは「ああ、無理だ」と住民投票だけでなく原発を諦めた。当時の野辺修光市長は震災発生から3日後、住民投票見送りを表明した。

 串間市で原発計画が浮上したのは1992年。当時の市の議会答弁では、原発4基の場合、総事業費は2兆500億円。うち2500億円が、工事の受注などで地元に落ちる。市にも電源立地促進交付金280億円のほか巨額の固定資産税などが入り、財政は潤う。

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