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終わらない氷河期~疲弊する現場で

必死で入社も パワハラ受けわずか9カ月で退職 作家・津村記久子さん

作家の津村記久子さん=大阪市北区で2019年9月13日、梅田麻衣子撮影

 芥川賞を受賞した「ポトスライムの舟」など多くの作品で働く人の日常を描いてきた作家の津村記久子さん(42)は、就職氷河期に新卒で採用された会社で上司から強烈なパワハラを受け、9カ月で退職した経験を持つ。「自分は何もできない」と自信を失ったが、ハローワークで紹介されたカウンセラーの言葉に救われたという。氷河期世代を「真面目で忍耐強く、身の丈を知っているのが売り」と評する津村さんに、この世代の生き方や仕事に対する考え方を聞いた。【牧野宏美/統合デジタル取材センター】

 大学3年生の秋、大学であった就職説明会で、「就職氷河期」であることを知りました。当時既に小説を書いていましたが、まだ趣味の範囲。両親が離婚して母親に育てられ、弟もいたので大学院に進む余裕はなく、3年の2月ごろから就職活動を始めました。内定を取れなければ人間として駄目な気がして必死でした。約40社受け、内定したのが2社。7月になってました。最初に内定をもらった印刷会社から「1週間で返事をくれ」と言われたので、そこに決めました。今思えば、人の出入りが激しい、ブラックな会社でした。

 2000年4月に入社し、半年後に配属された部署の女性上司に、何かにつけて怒鳴りつけられました。電話で得意先と話していると「もたもたしゃべっている」と怒られ、その人とのやりとりで「立って話を聞かなかった」と怒られ、という具合でした。職場には高卒で私より年下の女性が多く、上司は彼女たちの面倒はよく見ていましたが、私のような大卒や中途採用の人には厳しく当たっていたようです。

 決定的だったのは、「製版フィルムをなくした」という嫌疑をかけられたことです。ある月刊の冊子の仕事をしていたのですが、その日、職場に届いたフィルムを1枚ずつチェックして、本社の営業担当に渡しました。夜自宅にいる時に上司から電話がかかってきて、「フィルムが1枚足りないらしい」と。「心当たりがない」と答えると、「どう責任を取るのか」「こんな前例はない」などと数十分の間罵倒され続けました。翌日、上司に見張られて脂汗をかきながらあらゆる場所を探しましたが、出てこない。結局、営業担当が誤って実際より多いフィルム枚数を仕様書に書いていたことが原因で、フィルムは紛失していないことが分かりました。くだんの上司はにやにや笑いながら、別の仕事をしている私のところにやってきて、事の次第を説明しました。謝罪の言葉は一切ありませんでした。怖いと感じました。もう耐えられないと思い、上司の上役に退職届を出しました。すると上司に呼び出され、「本来私に言うのが筋のはずだ。人間じゃない」とまで言われました。人手不足だったので上役にも慰留されましたが、01年1月に退職しました。まあ地獄みたいでしたね。

 9カ月で会社をやめるのは恥ずかしかったですよ。上司にも慰留の時に「ここで駄目なら他でも通用しない」とずっと言われていたので、「自分は何もできない人間なんだ」と思い込んでいました。失業保険を受け取りにハローワークに行った時、窓口のおじさんに「無料やし、カウンセリング受けてみたら」と言われて、指定された事務所に行きました。60歳ぐらいの女性のカウンセラーに「私仕事できないんじゃないですかね。めちゃくちゃ怒られて何もできなかった」と話すと、適性テストのようなものを受けさせられました。それで、「テストの結果見たら、全然できないわけじゃないわよ」と。それでも私が不安を口にしていたら、「火曜と木曜はここにいるから、話したいことがあったら来なさい」って言ってくれたんです。その後行くことはなかったんですけど、ものすごく救われたんです。全くの第三者に「別に大丈夫やで。またおいで」と言ってもらえて、(何かあったら)最悪この人に話しに来よう、と思えた。今の私があるのはその人のおかげです。

 今では「製版フィルム紛失事件」があってよかったと思っています。あの時やめられたから。なかったら社会や会社とはこんなもんやと思って居続けて、うつ病になっていたかもしれません。私の友人たちも多かれ少なかれ職場の人間関係であつれきを経験している。もっと狡猾(こうかつ)な上司に当たって飼い殺されて、傷ついている人はいっぱいいると思います。

 その後、ハローワークを通じてパソコンの職業訓練を受け資格を取って、01年10月に土木コンサルティング会社に再就職しました。給料は手取り15万円もなくて前の会社より減りましたが、人間関係はいい会社でした。私の仕事は報告書の製本係。印刷会社に発注するほどではない少ない部数を印刷し、冊子にしていました。一人で手を動かす作業なので、自分に向いていたんですね。12年6月まで10年半勤めました。

 小説を投稿し始めたのは再就職して4年目、26歳の時でした。不況で一緒に製本係をしていた先輩がリスト…

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牧野宏美

2001年入社。広島支局、大阪社会部、東京社会部などを経て19年5月から統合デジタル取材センター。広島では平和報道、社会部では経済事件や裁判などを担当した。障害者や貧困の問題にも関心がある。温泉とミニシアター系の映画が好き。

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