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東京へ ともに歩む

毎日新聞

ライバルのスナイダー(右)と笑顔で肩を組むパラ競泳の木村敬一。米国では木村がスナイダーの自宅を訪問するなど交流を深めた=木村のツイッターから

Passion

「何があろうと金メダル」 パラ競泳の木村

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、開催が1年程度延期になった東京オリンピック・パラリンピック。海外を練習拠点とするトップ選手は強化計画の見直しを余儀なくされている。パラリンピック競泳男子(視覚障害S11)代表に内定した金メダル候補の木村敬一(29)=東京ガス=もその一人で、20日に練習拠点の米国から帰国した。予期せぬ事態に戸惑う一方で、「何があろうと金メダルを狙う」と語るエースの強靱(きょうじん)な心にブレはない。【岩壁峻】

リオで頂点逃し ライバルの米コーチに師事

 木村は2018年4月から、米東部メリーランド州ボルティモアにあるメリーランド・ロヨラ大で練習してきた。同じ視覚障害のクラスで16年リオデジャネイロ・パラリンピックで3冠を手にしたブラッドリー・スナイダー(36)を指導するブライアン・レフラー・コーチに師事する。

 帰国直前まで大学の施設で泳いでいたが、ウイルスの感染拡大で周囲の様子は一変した。「買い物に行こうにも店が開いていなくて。街が閉鎖されつつあった」。行動がさらに制限されるのも「もう時間の問題だな」と悟り、日本に戻ることを決めたという。現在は毎日メールでレフラー氏と練習メニューについて調整し、主に国立スポーツ科学センター(JISS)で、トレーニングに励んでいる。

東京パラリンピック競泳男子(視覚障害)で有力な金メダル候補である木村敬一=千葉県国際総合水泳場で2019年11月24日、宮間俊樹撮影

 15年世界選手権で2冠(100メートルバタフライ、同平泳ぎ)に輝き、金メダル候補として臨んだリオ・パラリンピックでは銀2、銅2の4個のメダルを獲得したものの、頂点には届かなかった。失意を乗り越え、翌17年から東京パラリンピックに向けて再スタートした。そんな時にレフラー氏を木村に紹介したのが、誰あろう、ライバルのスナイダーだった。「気持ちの踏ん切りがついたから渡米しようと思った」。スナイダーの誘いに応え、練習環境を一変させた。

感染拡大で緊急帰国

 先天性の疾患で2歳で失明した木村に対し、米軍海兵だったスナイダーは11年に、アフガニスタンで爆破装置を踏んで視力を失った。背景はまったく異なるものの、木村は「パラリンピックが人生のすべてだと思っていた僕と違って、彼は人生そのものを楽しんでいる」と、講演活動など社会貢献にも熱心なスナイダーから多くを学んだ。

 心身ともに充実した環境で地力をつけてきたが、想定外の緊急帰国。それでも「何もかもを奪われた状況じゃない。深刻になっても仕方ない」と冷静に受け止めている。ウイルス終息のめどが立たず、再渡米の時期は未定だが、名伯楽やライバルと共に過ごした日々は大きな財産になった。

 東京パラリンピックで複数の種目に出場するかどうかは未定だが、「(得意の)100メートルバタフライは金メダルを取りにいく」と宣言。1年後の勝負の時へ、着実に歩みを進める。

岩壁峻

毎日新聞東京本社運動部。1986年、神奈川県生まれ。2009年入社。宇都宮支局、東京運動部、北陸総局(石川県)を経て、2019年10月から東京運動部。現在は主にパラスポーツを担当。2016年リオデジャネイロ・パラリンピックは現地取材した。中学~高校(2年まで)はバレーボール部。身長が低かったため、中学の顧問には「スパイクは打つな」と言われて育つ。