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原発は来なかった

約20年、串間を揺るがせた原発問題。その間人口は減少し、今、どのような地域作りへ進もうとしているのか。その現状を探った。

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原発は来なかった

串間の今/3 再生 震災後に変化の兆しも  /宮崎

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山下さんと牛舎。屋根にはソーラーパネルがあり、「クリーンエネルギーで自給自足」
山下さんと牛舎。屋根にはソーラーパネルがあり、「クリーンエネルギーで自給自足」

 「令和2年度は串間の再生元年」。宮崎県串間市の島田俊光市長(73)は2020年度の施政方針でうたった。4月に都井岬の観光交流館、21年春に道の駅のオープンを控えている。

 「将来の展望を見てなかった。(来るであろう)原発に依存していた」。11年の東日本大震災による福島第1原発事故で、串間の原発計画は“消滅”。島田市長はその後の17年に就任した。木質バイオマス、風力など新エネルギーを活用したまちづくりを掲げ、「原発とは全く違う構想。風も水も串間の財産ととらえ生かしていく」という。

 11年を境に串間では変化が見られる。串間は昔からサツマイモの産地として知られる。「くしまアオイファーム」は13年に設立、サツマイモの中華圏、東南アジアやヨーロッパへの輸出などで、飛躍的な成長を遂げている。従業員は約100人で今期の売り上げは13億円以上を見込む。池田誠社長(49)は震災前、農協の青年部で反原発運動に従事してきた。

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