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毎日新聞

1964年東京オリンピックで警視庁が設置した通訳センター

オリパラこぼれ話

外国人対応に活躍した「通訳センター」 1964年東京オリンピックで警視庁

 アジアで初めて開催された1964年東京オリンピックは、世界から多くの外国人観光客らが訪れた。警視庁は大会の警備などに多くの人員を割く中、外国人との「言葉の壁」対策も重視した。語学能力を有する警察官らを通訳警察官に任命、庁内に「通訳センター」を設置し、外国人の事件・事故などに対応する特別な態勢を敷いた。

     「オリンピック東京大会の警察記録」(警視庁編)によると、同庁は東京五輪の警備や防犯などの対応のために、近隣県警などから応援を得た。大会期間中を含めた52日間でその数延べ約28万3000人と大規模だった。東京大会の招致が決まると、60年3月に準備促進委員会(後に準備委員会に改称)を発足。参考にするため同年に開催されたローマ大会を視察するなどして準備を整えていった。

     言葉の対策としては、英語やロシア語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、中国語、朝鮮語のそれぞれの語学能力を有する警察官や職員を通訳警察官(337人)に任命。通訳センターや盛り場を持つ所轄警察署、競技会場などに配置した。また、車体に「INTERPRETER」(通訳)と掲示した「通訳パトカー」12台を街中に走らせた。

    1964年東京オリンピックのマラソンで沿道の警備にあたる多数の警察官。ランナーは銅メダルを獲得した円谷幸吉選手=同年10月21日撮影

     センターは東京・市ケ谷の機動隊内に64年10月10日の大会開幕前の9月15日から閉幕後の11月5日まで52日間限定で設置された。フランス語、ドイツ語、イタリア語は要員が足りず、主婦や学生などを選考して委嘱。通訳警察官やパトカー要員など118人態勢でスタートした。外国人による110番通報は、英語のみ通信指令室が受け、英語以外はセンターに転送されて直接通話した。語学が苦手な警察官はセンターに連絡を取り、3者間即時通話で解決した。一方、所轄警察署に配備された通訳警察官は外国人関係の事件・事故が発生した際、現場に出動した。

     センターについて報じた当時の毎日新聞は「一本の電話を通して外国人に親切に応対し、国際親善に役立ちたい」と委嘱されたメンバーの意気込みを紹介している。

     現在も同様のセンターがある。在日外国人の犯罪急増に対処するため89年4月に開設されたもので、25年前の経験が生かされている。

     今年の夏に開幕予定だった東京2020大会は来年に延期された。64年大会の際は外国人とコミュニケーションを取るための語学対策に警備・防犯対策と同等の重点が置かれていたが、時代背景も変わり、現在の警察業務は多岐にわたる。大会サイトへのハッカー攻撃やシステムへのサイバーテロなどのネット犯罪をはじめ、飛行するドローンの警戒など新たな事案への取り締まりも必要になる。【関根浩一】

    関根浩一

    東京本社オリンピック・パラリンピック室委員。1985年入社。東京本社事業本部、千葉支局、成田支局、情報編成総センターなどを経て、2017年4月からオリンピック・パラリンピック室。サッカー観戦が趣味でこれまで多くの日本代表戦に足を運んでいる。最近はスコッチのソーダ割りを飲みながらボサノバを聴くのが楽しみ。