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常夏通信

その38 74年目の東京大空襲(25) 戦災孤児、生きるために売春婦に 高校生が当時の聞き取りを読み解く

東京・板橋の養育院に収容された戦災孤児=1946年4月撮影

 常夏記者こと、私は、一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道をしている。常に「ニュース」が重んじられるメディアの本流からみたら、傍流そのものだ。真夏のストーブ、極寒にある扇子のようなものか。ただ、そんな「夏炉冬扇」記者にも、講演や講義のお誘いがたまにある。

 話すのは、突き詰めればいつも同じことだ。「戦闘は75年前に終わりました。しかし広い意味での戦争は終わっていない。被害に苦しんでいる人、補償を求めて、国と闘っている人たちは今もたくさんいます。戦争報道もニュースです」。空襲被害者やシベリア抑留の被害者たち。「戦犯」として、国の罪を押しつけられた人。そうした実例を話すことにしている。

 耳を傾けてくれた人から「ぜひこれを取材してほしい」という、うれしい要望もある。今年1月に招かれた「ヒロシマ連続講座」でもそういう出会いがあった。

 2016年に始まった同講座は、元高校教員の竹内良男さんが主催している。戦争体験者、被爆者や研究者、ジャーナリストらを招くもので、今年3月で100回を迎えた。原爆だけではない。戦争にまみれた日本の近現代史を照射するものだ。

 常夏記者が頂いたテーマは、「戦争遺跡の保存を考える」。

 「大日本帝国の戦争で、推計310万人が亡くなった。遺族を含めて被害者の総計はその数倍に及ぶだろう。侵略したアジア諸地域にも、多大な被害を及ぼした。日本史上最大の事件であったと私は思う。為政者に二度と戦争を起こさせないために、為政者が極めて重要な国策を誤るとどうなるのかを語り継ぐために、戦争の記憶は継承しなければならない。体験者は減っている。当然ながらいずれいなくなる。だから、戦争遺跡は非常に重要」。そんな話をした。

 参加していた文化資源学会・戦争遺跡保存全国ネットワークの春日恒男さんから後日、メールをもらった。

 「神奈川県下の『娼婦(しょうふ)』の多くが戦災孤児」だったことを挙げて、「『娼婦』という視点でも『戦争被害者』問題を取り上げていただければ」とあった。そして関連する研究をしていた、坂井久能・神奈川大特任教授を紹介してくれた。関心を持った私は3月末、同大学を訪ねた。

 坂井さんは神奈川県立神奈川総合高校の教員時代、「昭和史」という講座を担当していた。生徒が、第二次世界大戦を戦った兵士や遺族たちが残した実物資料から戦争の実相を学び、平和の意味を考える試みだ。同講座を基に誕生した生徒の研究団体「昭和史研究会」は2009年度、「神奈川県立婦人相談所資料」(「相談所資料」、神奈川県立公文書館所蔵)を読み込み、分析することとなった。

 「相談所資料」は、1950年から売春防止法が施行される57年までのものだ。35冊、2795人分と膨大である。担当者による娼婦の聞き取りが中心で、出生から「転落」までのてんまつ、将来の希望などが記されている。

 同法施行を前に、売春婦たちの実態を把握し福祉行政に活用する狙いがあった。対象者を一時保護する施設もあった。他の自治体も同様の調査をしたと思われる。ただ、坂井さんによれば、これほどまとまった形で資料が残っているのはまれだ。「娼婦だけでなく、それらを生み出した昭和戦後期の社会の実態をうかがうことができる貴重な資料」だ。

 以下、生徒たちによる研究成果をまとめた紀要「占領下の娼婦からみた戦争」(10年発行)を見てゆこう。

 まずは「転落」の理由が明示されている資料を分析。42%(312人)が「生活苦」で、この中には「戦争で両親、片親、夫などを亡くし売春婦になる女性は、とても多かった」という。「父や夫などの働き手を戦争で失った家庭は、経済的な面でとてもダメージを受けた。それ故に、家庭を支えるために、自身が娼婦になるということが少なくなかった。それだけでなく、父が戦死したので母が新しい人と再婚したが、娘はその人のことが気に入らず家出し、どうしようもなく娼婦になるということもあった」と記す。

 調査された娼婦は大別して①「集娼」②「散娼」③「街娼」となる。①は旧遊郭の流れをくむ「特殊飲食店」で、国家から売春を黙認されていた。警察が、地図上で対象地区に赤線を引いたことから「赤線」と呼ばれた。②は「特殊飲食店」とならないものの、実質的な売春宿の地域。そこで勤める女性と客の「自由恋愛」という建前だった。「青線」と呼ばれた。③は街中で買春客を待つ女性。「ストリートガール」、「パンパン」とも呼ばれた。

 このうち、まず56年の「婦人保護台帳」に記された「散婦」の記録を2件、見てみよう(表記など一部改めた。●●は公開時の資料が黒塗りされた部分)。

 <1>北海道・函館生まれの女性。「7歳の時家族と東京都江東区●●に引っ越して来た。14歳の時東京大空襲に遭った。父母に死別し姉と別々に子守奉公した。17歳の時品川の食堂女中となり、18歳のころ男にだまされて渋谷道玄坂の芸妓(げいぎ)に売られた。19歳で●●に身うけされ、3カ月で妊娠中絶した。●●には妻子があり、本人を遊ばせておく実力がなかったので、品川大井で女給生活をしながら関係を続け、昨年6月男児を産んだが年の暮れ死亡した。その後●●を探しながら越ケ谷、渋谷、三軒茶屋、神奈川と飲食店を転々とし、本年8月9日●●の●●食堂で女給として入り、日本人相手の売春をした。21日客を送り返した後、自殺をはかり放火したと23日に病院に収容されたが(中略)拘置所に移され、本日横浜地方検察庁で起訴猶予となった」

 <2>静岡県・浜松出身の女性。「戦時中、浜松の軍事工場に徴用となり、空襲で左手を失った。そのころ長女を産んだ。相手は結婚してくれなかった。戦後横浜に来て外人相手の街娼となり、のち米軍人のオンリーワンとなり、2児を産んだが、相手は昨年11月帰米し、2児をつれていては働きも思うようにいかないため、生活が苦しく(中略)外人出入りの酒場女給をして今に至った」

 オンリーワンとは、特定の人物を客とする娼婦だ。進駐軍の米兵と恋愛する例は多数報告されている。強姦(ごうかん)されたケースもある。

 さ…

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栗原俊雄

1967年生まれ、東京都板橋区出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院修士課程修了(日本政治史)。96年入社。2003年から学芸部。担当は論壇、日本近現代史。著書に「戦艦大和 生還者たちの証言から」「シベリア抑留 未完の悲劇」「勲章 知られざる素顔」(いずれも岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)、「シベリア抑留 最後の帰還者」(角川新書)、「戦後補償裁判」(NHK新書)、「『昭和天皇実録』と戦争」(山川出版社)など。

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