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東京へ ともに歩む

毎日新聞

深く踏み込んでネット前に落とされたシャトルを打ち返す奥原希望。1年延期となった東京五輪へ向け、世界一のフットワークにさらに磨きをかける=東京・駒沢体育館で2019年11月30日、喜屋武真之介撮影

東京・わたし

コロナに負けるな 「アスリートは積極的に発信を」 バドミントン・奥原希望

 新型コロナウイルスの感染拡大で東京オリンピックが1年延期となった。東京五輪を「競技人生最大の目標」と位置づけていたバドミントン女子シングルスの奥原希望(25)=太陽ホールディングス。五輪が延期されるかどうか先行き不透明な日々に目標を見失いかけた中で支えになった思いや経験とは――。書面を通じてのインタビューで胸の内を語った。【聞き手・小林悠太】

 ――伝統のある全英オープン(3月11~15日、バーミンガム)で4強入りを果たし、帰国した3月17日から2週間の「自宅待機」となりました。どのような思いで過ごしていましたか。

 ◆自宅待機の当初は、まだ五輪が延期されるかどうか分からない状態で、どう過ごしたらいいか悩み、モヤモヤしていました。予定通りに五輪が行われるのならば、次の試合に向けて自宅でも何かをしないといけないですが、やれる練習は限られます。一方、国際大会が年中続くバドミントンのスケジュールでは、まとまって休めるのは今しかないので休んだ方がいいかもしれないとも思っていました。どこに向かって毎日を過ごしたらいいのか、目標を見失った状態で苦しかったです。

昨年11月30日の全日本総合選手権準決勝後、声援に応える奥原希望。いつでもファンを大事にする姿勢を貫く=東京・駒沢体育館で2019年11月30日、喜屋武真之介撮影

 ――どのような状況で3月24日の五輪延期決定を知りましたか。

 ◆携帯電話で(ニュース)速報を見て知りました。率直な気持ちは「やっぱりな」。それまではどうなるか分からずモヤモヤしていたので、延期が決まったことで、ようやく心が落ち着き「ゆっくりしていいんだな」と思えました。延期を受け入れる気持ちの整理はできていました。

 --東京五輪で目標の金メダルを取るため、19年にプロ転向するなど準備をしてきました。

 ◆やることはこれからも変わらないです。1年間の時間をもらえれば、もっともっと成長し、強くなれます。20年8月2日(従来のバドミントン女子シングルス決勝の予定日)に向けて備えていた時より、21年にはもっと良いパフォーマンスを出せます。

 ――世界バドミントン連盟は少なくとも7月までの大会を中断しています。試合勘の不安はありませんか。

 ◆試合勘を失う不安は全く考えていないです。アスリートだけでなく、みなさん、この先どうなるか分からない不安の中で戦っていると思います。今は競技のことよりも、コロナに感染せず、いかに拡散させないかをアスリートも最優先で考えないといけない。私もできることをやるしかなく、バドミントンに関しての不安は一切無いです。

英国から帰国して2週間の自宅待機中、ツイッターで目のトレーニングを紹介するバドミントンの奥原希望=ツイッターから

ファンが有意義に自宅で過ごせるように

 ――公式ブログで「出口の見えない」時期の思いとして、膝の故障を挙げていました。故障の経験が今につながっていることはありますか。

 ◆故障から回復するまでは、患部の状態は良くなったり悪くなったりを繰り返し、いつコートに戻れるか分からない不安な気持ちでした。今回のコロナは世界中の人を巻き込み、命も奪う、より深刻なものですが、大きな壁を乗り越えるという点では共通します。大きな壁が立ちはだかっている時は、目の前のことを一生懸命やって、積み重ねていくしかない。そういう時こそ、応援してくださるみなさんの言葉や存在の大切さに改めて気づかされます。

 ――2週間の自宅待機中、自宅での練習の様子などをツイッターに連日投稿していました。その後も写真投稿アプリ「インスタグラム」のライブ配信を行うなど今まで以上にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用して発信しています。

 ◆自宅待機中は「今日は何を投稿しよう」と考えながら生活することが自分のモチベーションになっていました。想像以上の反響で背中を押してもらっているようにも感じていました。自宅待機後、インスタライブなどを行っているのは、けがの時も勝てない時も変わらずに応援してくださるファンのみなさんに、今の私は何ができるのかと考えての行動です。ファンの方々が、家にいる時間を少しでも有意義に楽しく過ごし、笑顔になってもらえればと思います。

 ――今、アスリートやスポーツの果たすべき役割は何だと思っていますか。

 ◆五輪やテニスのウィンブルドンなど主要なスポーツ大会が延期、中止となっています。感染拡大が続く社会状況で、スポーツ大会の優先順位は決して高くないものの、スポーツは世界が一つになれる素晴らしいものだと多くの人は経験してきています。アスリートはコート上でプレーをするだけでなく、自分の思いやトレーニング方法などを発信することで、多くの人の救いになる可能性があります。こういう時だからこそ、アスリートたちは、もっと積極的に社会へ発信していくべきだと思っています。

おくはら・のぞみ

 長野県大町市出身。埼玉県立大宮東高2年だった2011年の全日本総合女子シングルスで史上最年少の16歳8カ月で優勝。12年世界ジュニア選手権優勝。13年に左膝、14年に右膝の手術を経て復帰を果たすと、16年リオデジャネイロ五輪銅メダル。17年世界選手権優勝。東京五輪に向けて万全の環境を整えるため、19年にプロ転向。身長156センチと小柄だが、世界一のフットワークと巧みな駆け引きで勝負する。

小林悠太

毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。