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中村吉右衛門さん 「仮名手本忠臣蔵」の魅力を語る 大星由良之助は「役者の大きさ、人気、技量が必要な役」=完全版

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中村吉右衛門さん=東京都中央区の新橋演舞場で2020年3月2日、玉城達郎撮影
中村吉右衛門さん=東京都中央区の新橋演舞場で2020年3月2日、玉城達郎撮影

 新型コロナウイルスの感染拡大で歌舞伎公演は中止続きだ。こんな時こそ、古典の名作に思いをはせてはいかがか。

 そんなわけで現代の歌舞伎界を代表する立ち役の一人、中村吉右衛門さんに人形浄瑠璃から歌舞伎に入った「三大名作」について3回にわたり、お話をしていただく。1回目は「仮名手本忠臣蔵」を取り上げる。

 本題に入る前に、吉右衛門さんの近況をご報告しよう。3、4、5、6月と出演予定の公演が中止になった。

 「散歩をしたり、本を読んだりの暮らしをしております。役者は舞台の上でしか生きられないものとつくづく感じます。舞台で芝居をすることが生きた証しになると改めて思いました」

「これからも日本人に愛される」

 さて本論。赤穂浪士(あこうろうし)が主君、浅野内匠頭(たくみのかみ)の敵である吉良上野介(こうずけのすけ)を討った元禄15(1702)年のあだ討ち事件は当時の話題となり、浪士は武士の手本とたたえられた。

 同16(1703)年2月4日に、家老の大石内蔵助らの赤穂浪士が切腹になると、題材にした人形浄瑠璃や芝居が生まれた。代表的な作品の一つに近松門左衛門の「碁盤太平記」(1706年)がある。そして決定版と呼べる人気作品になったのが「仮名手本忠臣蔵」である。寛延元(1748)年8月に大坂・竹本座で人形浄瑠璃として初演され、歌舞伎にも取り入れられた。

 事件に裁定を下した時の為政者をおもんばかって、時代を江戸から室町に移し、内匠頭を塩冶判官(えんやはんがん)、上野介を高師直(こうのもろのお)、頭目の家老、大石内蔵助は大星由良之助(ゆらのすけ)と名を変えた。これは「碁盤太平記」からの踏襲だ。

 敵討ちを軸にしつつも、周辺の悲劇など、創作に重きを置いている。以降は、人形浄瑠璃(文楽)や歌舞伎で繰り返し上演されてきた。現在でも赤穂事件を「忠臣蔵」と総称するようになったのは、この作品からだ。

 吉右衛門さんは、「忠臣蔵」で数多くの役を演じてきたが、ことに大星をあたり役とする。

 「一念を貫き、潔く散った人です。大星はこれから先も日本人に愛し続けられるだろうと思います」と魅力を語る。

大星は「役者の大きさ、人気、技量がそろわないといけない役」

 「忠臣蔵」は十一段で構成される。大星が主軸となり、多く上演されるのが、「四段目」と「七段目」だ。吉右衛門さんは、どちらも実父の初代松本白鸚(はくおう)(八代松本幸四郎)の指導を受けた。

 「四段目」は「塩冶判官切腹」と「表門城明渡し」からなる。判官は自分の館で幕府の上使、石堂右馬之丞(うまのじょう)と薬師寺次郎左衛門から切腹の命令を受ける。判官は死ぬ前に信頼する家老の大星にひと目会いたいと願うが、なかなか現れない。

 あきらめて腹を切った時に、やっと大星が駆けつける。歌舞伎では大星は花道から登場し、七三(しちさん)(花道で舞台から3分、揚幕(あげまく)から7分の場所)でひれ伏し、腹帯に手をかける。ここで腹帯を締めなおす俳優と緩める俳優がいる。いずれにしろ、大星が覚悟を決めたことの表れで、俳優自身もここで心を一段と引き締める。

 判官は、苦しい息の下から大星に「待ちかねた」と口にする。大星が観客の前に初めて姿を現す場面でもある。

 「判官と同時にお客様にも大星を『待ちかねた』という気持ちになっていただかないといけません。それには一座のものが同じ方を向いて芝居をすることが必要です。役者の大きさ、人気、技量がそろわないといけない役です。大星が(一座を率いる)座頭(ざがしら)役ということは、この場面一つをとっても十分にご理解いただけることではないかと思います」と吉右衛門さん。

 判官は切腹に使った無念がこもる刀(その長さから九寸五分(くすんごぶ)という)を大星に託す。判官は「この九寸五分は汝(なんじ)へ形見」と言い、さらに「形見じゃぞよ」と念押しする。「かたみ」という言葉に「敵(かたき)」を討ってくれ、との思いが重ねられる。

 すべては幕府から使わされた石堂と薬師寺の2人の上使が注視する前で行われる。

 「難しいのは、心情を周囲の人々に知らせないように演じることです。内輪にやりながら、いかに大星の内面の葛藤をお客様に伝えるかです」

 「城明渡し」で大星は、城を枕に討ち死にすると血気にはやる家臣たちを制止する。一人きりになった後に、判官から託された刀の血を手のひらにつけてなめる。大星が判官の思いを受け止めた証しだ。

 「本心を示し、お客様にすべての気持ちを納得していただく。『そこが一番大事だよ』と実父に教わりました」

「七段目」はお客様もだまし、敵もだます

 「七段目」は「祇園一力(いちりき)茶屋」。敵討ちの本心を隠すため、大星は京の祇園町でわざと遊びほうけている。そこへ身分の低い足軽ながら、敵討ちの一味への参加を願う寺岡平右衛門が訪れる。一力には、…

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