寄稿

試される民主主義 新型コロナ危機とドイツ社会=多和田葉子(作家)

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多和田葉子さん=本人提供
多和田葉子さん=本人提供

 ドイツ・ベルリン在住の作家、多和田葉子さんに、世界で感染が拡大している新型コロナウイルスへのドイツ社会の対応や、民主主義の危機について寄稿してもらった。

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 「ハムスター買い」というドイツ語がある。日本語で言う「買いだめ」のことだ。子供の頃飼っていたハムスターに餌をやると、食べる前にまず頰袋がはちきれそうになるほど詰め込んでいたことを思い出した。物が不足した戦中戦後のドイツでは、買いだめがさかんだったそうだ。新型コロナ危機が始まると、「買いだめはやめましょう!」という呼びかけがあったにも拘(かか)わらず多量のハムスターが発生し、特定の商品がスーパーの棚から姿を消した。わたしもトイレットペーパーを求めて町を彷徨(さまよ)うことになった。近所にトルコ人の経営している八百屋がある。その奥で高価ではあるがポーランド製のトイレットペーパーを売っているという噂(うわさ)を耳にしてあわてて行ってみたが、すでに売り切れていた。買いだめする人さえいなければ商品は不足しなかったそうだ。戦後、物が不足していた時代の記憶に突き動かされて衝動的に行動した人たちもいたようだ。

 戦争の記憶を時々呼び起こして同じ過ちを繰り返さないようにするのは大切だが、ただ戦争を思い出せばいいというものではない。「これは戦争だ! 国民をウイルスから守る戦争だ」などと扇動的な演説をしているアメリカ大統領への批判の声もドイツでは聞こえた。戦争ではないのに戦争だと言い切ったり、戦時下でしか使われない用語を使うのは危険だ。通常はない強い執行権が政府に生まれることを「非常事態だから仕方ない」と国民…

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