
(医学書院・2200円)
「幻」との付き合い方を忘れた社会
インドのヒンディー語に与格という構文がある。例えば「私はうれしい」というのは、「私にうれしさが(やって来て)留(とど)まっている」という言い方をする。この「~に」で表現する文法が与格である。
与格は、特定の行為が意思の外部によって引き起こされる時に使う。「風邪を引いた」も「私に風邪が留まっている」と言う。何か不可抗力が働いて、行為が進行する時、与格が用いられるのだ。行為は意思に還元されない。
著者は、長年原因不明の症状で苦しんできたが、50歳の時にレビー小体型認知症と診断された。記憶障害だけでなく、匂いもわからなくなった。香りが消えた世界では料理がうまくいかない。夫が味噌(みそ)汁を一口飲んで「おいしくない」と言った途端に、「じゃあ自分でつくってよ!」と思わず怒鳴った。これまで夫に怒鳴ったことなどなかったため、「性格が変わる」という残酷さに出会い、落ち込んだ。
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