クラシック
STAY HOMEの今こそ聴きたい「イチ盤」 巨匠たちのベートーヴェン
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新型コロナ・ウイルス感染拡大防止のため演奏会やオペラ公演が中止・延期となり、早くも2カ月以上が経過した。在京オーケストラの定期をはじめ、6月の公演も相次いで中止・延期が発表されている。20年度第1四半期は日本全国で、いや世界全体で観客・聴衆を入れての公演はひとつも開催されないことになりそうだ。まさに未曽有の悲惨な事態である。オーケストラや音楽事務所などの事業者、個人事業主である音楽家たちの苦境を考えると、一日も早く感染拡大が収束して公演が開催できる日が戻ってくることを願わずにはいられない。
それまでの間、私たち観客・聴衆は、事業者や音楽家たちがウェブ上で展開しているさまざまな取り組みを通じて音楽を楽しむことに加えて、既存の映像ソフトやCDなどに普段よりもジックリと向き合って音楽芸術に対する理解を深めていきたいものである。
そこで最近の新譜CDの中からいくつかをピックアップして紹介したい。今年はベートーヴェン生誕250年のメモリアル・イヤー。それにちなんだソフトも数多くリリースされているが、筆者が今、注目しているのはユニバーサル・ミュージックから順次リリースされている、往年の巨匠によるベートーヴェン演奏を最新のデジタル技術を駆使してリマスターしたSA-CD(スーパーオーディオ)のシリーズである。これはドイツ・グラモフォンの音源を加工しているもので、壮年期のヘルベルト・フォン・カラヤンの交響曲全集や序曲集、ヴィルヘルム・バックハウスによるピアノ・ソナタ全集、ヴィルヘルム・ケンプのピアノ協奏曲全集などのタイトルが発売されている。
いずれも筆者が少年時代に聴き込んだ演奏であるが、最新技術でよみがえったサウンドは驚きの連続である。オーケストラはアナログ・レコードでは聴き取ることのできなかった木管楽器の内声部の動きなどがはっきりと伝わってきて、アンサンブルの妙味を存分に堪能することができる。トゥッティ(全奏)で音が大きくなる箇所は、従来のデジタル・リマスター盤ではうるさく感じられるような欠点も解消され、すっきりとした音でその迫力を楽しむことができるようになった。ピアノ・ソロでは、鍵盤のタッチや奏者の息遣いまでもがクリアに再現されている。アナログ音源の中にこれほどまでの情報量が眠っていたことに感心させられる。さらにアナログ的な〝丸み〟のある優しいサウンドが温存されている点も実に聴きやすいのである。
そして現代におけるベートーヴェン演奏のスタイルとの違いも興味深い。バックハウス、ケンプともに音楽の基本構造をがっしりと固め、拍の律動を厳格に保ったうえで旋律を展開させていくアプローチ。軽やかに流れていく今風の演奏とは明らかに趣を異にしていることが分かる。
一方、カラヤンは生涯に4度、ベートーヴェン交響曲全集を公式に録音しているが、今回発売されたのは2度目、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とは初めてとなる1960年代の演奏である。カラヤン50歳代前半、巨匠への階段を駆け上がっていく直前で、その後の壮麗な演奏に比べると、よりストレートであると同時に若々しい勢いが伝わってくる。
さらに交響曲全集とは別にリリースされた序曲集などにも注目したい。とりわけ劇音楽「エグモント」全曲と戦争交響曲「ウェリントンの勝利」などを収めた1枚は、ある意味〝貴重盤〟と位置付けることができよう。「ウェリントンの勝利」はナポレオン率いるフランス軍と英国などの連合軍が戦ったワーテルローの戦い(1815年6月)を交響詩のように音楽化した作品。大砲や鉄砲の音も取り入れられている。同じくナポレオン軍との戦いを描いたチャイコフスキーの序曲「1812年」に比べて演奏される機会は少なく、大物指揮者やメジャー・オーケストラによる録音も少ない。カラヤンとベルリン・フィルの黄金コンビが真正面から取り組んだこの演奏(1969年)は随所にベートーヴェンらしさが表現され、ドンパチの入った〝キワモノ〟ではない、芸術作品へと昇華されている。リマスター盤ではアナログ時代には聴き取れなかったアンサンブルの巧みさが分かり、こうした作品を通じて往年のカラヤンのすごさを再確認することができる。
なお、今回紹介したCDはSA-CD対応のプレイヤー専用のソフトであり、非対応の機器では再生できないのでご注意願いたい。(宮嶋 極)