福岡・排除条例10年 暴力団半減 収入源失い「若い衆は飛んだ」

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「(離脱後は)カタギの仕事に不安があったが、少し自信もついた」と語る「工藤会」2次団体元幹部=福岡県で
「(離脱後は)カタギの仕事に不安があったが、少し自信もついた」と語る「工藤会」2次団体元幹部=福岡県で

 暴力団に利益供与した事業者への罰則を全国で初めて定めた福岡県暴力団排除条例が2010年4月に施行されて10年がたった。資金源を断たれた組員の離脱は飛躍的に進み、この10年で県内の暴力団勢力(構成員や準構成員)は半減した。条例の効果を暴力団関係者はどう受け止めているのか。当事者たちの声を聞いた。

 「2度逮捕され、(拘置所や刑務所で)『臭い飯』を6年食った。遅かれ早かれこうなっていた」。特定危険指定暴力団「工藤会」(北九州市)の2次団体で幹部を務め、現在は建設会社で働く50代男性は、18年に離脱するまでの経緯を落ち着いた口調で語った。

 20代半ばのころ、知人の仲介で組員になった。建設工事の下請けの紹介や労働者派遣の見返りに業者から金品を得るシノギ(資金獲得活動)で頭角を現し、多い時は月80万円ほどの収入があった。組に納める運営費(上納金)や慶弔費を差し引いても生活に余裕があり、地元の「調整役」としてトラブルを解決するやりがいも感じたという。

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