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私の記念碑

映画監督 崔洋一/2 大島監督から帝王学

「婉という女」の撮影現場での崔洋一(左端)=本人提供

 映画の世界に飛び込んだのは写真の専門学校を中退した後だ。既に親元を離れ、新宿の酒場に通い始めるなど「フラフラと過ごしていた」。そんな時、高校の先輩に当たり、映画撮影の仕事をしていた金徳哲と知り合い「お前向きのバイトがある」と紹介されたのがきっかけだ。

 最初の現場は今井正監督の「婉(えん)という女」。照明の見習いとして道具運びや洗濯といった雑用だった。そこで「映画とは、監督という1人の人間の想像力によって全てのことが決まり動いていくのか」と目の当たりにし、志すようになった。

 テレビドラマの小道具を経て助監督になると、2年とたたず異例のスピードでチーフへと昇進。台本直しや気難しい役者の担当など大変な役回りもあったが仕事ぶりが評価された。酒場通いも相変わらずで、映画監督の若松孝二とは公私にわたって親しく付き合うようになった。

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