メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

村上春樹をめぐるメモらんだむ

コロナ鬱を吹き飛ばそう なぜ村上春樹は若い世代に読まれ続けるのか=完全版

村上春樹さん=2020年2月、津村豊和撮影

 村上春樹さんがDJを務めるラジオ番組「村上RADIO」(TOKYO FMなど全国38局)は4月26日夜、第13回となる「言語交換ソングズ」が放送された。いつもは(全部は聴いていないけれど、たぶん)「こんばんは、村上春樹です」で始まるのだが、この回は違った。冒頭に、女性の声で「村上春樹さんから届いた最新のメッセージです」という短いアナウンスがあり、村上さんは次のようにコメントした。

 「今、世の中は大変なことになっています。そのために仕事がなくなり、あるいは仕事ができなくなり、厳しい状況に置かれている方も多くおられると思います。僕もね、昔、7年ぐらい飲食店を経営していました。だからローンを抱え、高い家賃を払って、従業員に給料を払い、それでいて何カ月も店を開けられない、先行きも分からないというのがどれぐらいつらいことか、身にしみて分かります。こんな時に僕にできるのはどんなことだろうと日々、考え込んでしまいます。音楽や小説みたいなものがほんのわずかでも皆さんの心の慰めになればいいんですが」

 番組ホームページの「スタッフ後記」によると、この回の収録そのものは3月中旬に行われたが、編集を経て1カ月あまり後の放送までの間に「世の中の景色が一変」してしまった。言うまでもなく、新型コロナウイルスの感染拡大で全国的な外出自粛、店舗などへの休業要請が行われたことによる。学校も一斉に休校となった。そういう事態を受けて、村上さんは「自宅で、自分で録音したメッセージ」を番組に託したのだという。

 この中で「昔、7年ぐらい飲食店を経営」していたというのは、このコラムでも前に紹介したジャズ喫茶「ピーター・キャット」のことだ。1974~81年に東京(初めは国分寺、のち千駄ケ谷)で開いていた。その体験から、特に飲食店の人々の置かれた「厳しい状況」がよく分かり、居たたまれない思いでメッセージを発したのだろう。

 あるいはここまでなら、普通の生活感覚を持った人であれば思いつく振る舞いかもしれない。ところが、この人はさらに踏み込んだ行動に出た。急きょ5月22日深夜(午後10時から)、約2時間にわたる「村上RADIO」の特別番組「ステイホームスペシャル~明るいあしたを迎えるための音楽」を企画したのだ。ホームページによると、村上さんが「自らがディレクターとなり、テーマに合わせて選曲」し、「少しでも元気の出る、少しでも心が和む音楽」を、自宅の「普段使っているプレーヤーで」かけるという。

 このコラムは放送前の22日午後にアップする予定なので、内容については書けないが、冒頭で村上さんが述べると思われるコメントが既にホームページに掲載されていた。そこにはこうある(一部省略し、表記も変更した)。

 「村上RADIO、いつもは2カ月に1度のペースなんですが、今日は新たに枠をもらって、特別版をお送りしています」

 「もやもやとたまっているコロナ関連の憂鬱な気分を、音楽の力で少しでも吹き飛ばせるといいのですが……」

 「今日は、うちの書斎からステイホームでお送りしています」

 以上からうかがえるのは、2月の熊本での復興支援トークイベントの際に感じたものと共通する作家の姿勢だ。つまり、苦境にある人々に、控えめながらきちんと寄り添い、精いっぱい楽しませ、できるなら笑わせることで自然に励ますこと。むろん、控えめといっても有名人だから目立ってしまうのだが、正面きって悲憤慷慨(こうがい)したり、高尚な議論をぶったりするのではなく、あくまで傍らから人々の気持ちに働きかける仕方を心がけているように察せられる。

      ◇       ◇

 話は飛ぶが、31年前の1989年6月に出た雑誌「ユリイカ」の臨時増刊号「総特集 村上春樹の世界」を久しぶりに読み返した。87年の長編「ノルウェイの森」が大ベストセラーとなり、88年に「ダンス・ダンス・ダンス」を刊行した後で、村上さんは長く海外に滞在していた時期だった。まだ欧米での本格的な翻訳紹介は始まっていない。もっといえば、89年11月にベルリンの壁が崩壊する直前、東西冷戦の最末期に当たる。

 イラストレーターの安西水丸さんやドイツ文学者の池内紀さん、映画監督の大森一樹さんら多彩な執筆陣が文章を寄せ、村上さんの短編小説も収めた誌面の巻頭には、米文学者の柴田元幸さんによるロングインタビ…

この記事は有料記事です。

残り1800文字(全文3600文字)

大井浩一

1987年入社。東京学芸部編集委員。1996年から東京と大阪の学芸部で主に文芸・論壇を担当。村上春樹さんの取材は97年から続けている。著書に「批評の熱度 体験的吉本隆明論」(勁草書房)、共編書に「2100年へのパラダイム・シフト」(作品社)などがある。

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 「昇給に影響」総務課長が職員30人にメール パワハラで訓告 東山梨消防

  2. 大阪モデル基準変更 吉村知事「誤解与えないため」、山中さん「信頼揺らぐ」

  3. 「アベノマスク着用」 中学校で配布プリントに記載、保護者に謝罪 埼玉・深谷

  4. 「政権の終わりが見えた」支持率急落、自民主流派も首相を公然と批判

  5. コロナで経済苦の女性狙う キャバクラに勧誘容疑で少年逮捕 福岡

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです