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社史に人あり

高島屋/5 焼け野原の荒稼ぎを叱る=広岩近広

焼け野原の荒稼ぎを叱った2代飯田新七の肖像=高島屋史料館提供

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 幕末の京都を舞台に、薩摩・会津藩などの幕府連合軍と長州藩が砲火を交えた「蛤(はまぐり)御門の変」(1864年7月19日)による兵火は、文字通り「鉄砲焼け」だった。強い火勢にのまれて、京都の街が火の海と化したため、町衆は「どんどん焼け」とも呼んだ。

幕末の京都を兵火で焼いた激戦地「蛤御門」の外観=京都市上京区の京都御苑で2020年3月、広岩近広撮影

 大火の夜、高島屋の飯田新兵衛(初代新七)と2代新七は陣頭指揮をとり、16人の店員に号令をかけた。

 「まちが焼かれるぞ、商品と家財道具は、今のうちに運び出すのや」

 筆頭店員の渋川嘉七は妻が病床にありながら、真っ先に駆けつけて立ち働いた。家財道具は距離を置いた寺に運んだ。貴重な商品は、近くの土蔵におさめることができた。

 このとき2代新七の指示で、水を張った風呂桶(おけ)を土蔵の中央に据えている。さらに、水を満たした72リットル相当の四斗樽(たる)3個を要所に置き、窓の目張りも忘れなかった。

 翌日、屋敷と店舗が全焼した焼け跡に、一家は立ち尽くした。初代新兵衛61歳、妻秀56歳、2代新七37歳、妻歌31歳、長男直次郎11歳、次男鉄三郎5歳、そして1歳の三男政之助は、歌に抱かれていた。

 余燼(よじん)のくすぶるのが治まってから、全焼を免れた土蔵に踏み込んだ。商品はなんら損害を受けていなかった。水を満たした風呂桶を据えるなど、2代新七の機知と用意周到さに救われたのだ。店員総出の「水かけ」も見逃せない。初代の日記によると、火中を走り抜けて土蔵の前に集まり、夜を徹して皆で水をかけたという。

 こうして商品を守り抜き、1週間後には焼け跡で店を開くことができた。着の身着のままで逃げた町民が多く、土蔵から出した衣料品や木綿地を並べた高島屋の出店は喜ばれ、それは大繁盛だった。

 焼け野原のなかにあって、商人は稼ぎ時である。粗悪品を売って、荒稼ぎをする者が随所に見られた。だが2代新七は、焼け跡に出て荒稼ぎをする行為を叱り、店員にこう諭している。

 「こんなときに稼ぐのは、もうけるということではない、商人の道にそむくことだ」

 2代新七は、織屋や染屋と盟約を交わして、良い品だけを安く売ることを心がけた。「今こそ、ぼろもうけができるのに」とうそぶく業者とは、きっぱりと付き合いを断った。

 社史は2代新七の言語録を、こう書き留めている。

 <世間はいざしらず、我店で取扱う商品は、堅牢(けんろう)確実なものを売らんと決心し、染に織に十分の吟味を加え、もって客を欺かず、薄利に甘んじ、客を利し、併せて我も利し、いわゆる自利利他は古来の家風なり>

 婿養子の2代新七は、初代の掲げた「自利利他」を守り抜いた。そうして得られた信用により、兵火による危機を乗り越えたのである。

(敬称略。構成と引用は高島屋の社史による。次回は5月30日に掲載予定)

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