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チリ地震津波60年 家族3人失った71歳 臨床心理士目指す「子ども支えたい」

図書館で大学院受験の勉強をする石川量一さん=岩手県大船渡市の市立図書館で2020年5月21日午前9時14分、三瓶杜萌撮影

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 岩手、宮城両県を中心に142人が犠牲となった1960年のチリ地震津波から、24日で60年を迎える。最大の被災地になった岩手県大船渡市の石川量一(りょういち)さん(71)は、父と幼い弟、妹の3人を失った。津波のトラウマに長年苦しんだが、東日本大震災で再び脅威を目の当たりにして「自分と同じ苦しみを抱える子どもたちを支えたい」と思うようになった。臨床心理士の資格取得を目指し、勉強を続けている。【三瓶杜萌】

チリ地震津波の約1カ月前に撮った家族写真。父良平さん(左から2人目)と弟健次さん(左端)、妹博子さん(右から2人目)が亡くなった=石川量一さん提供

 津波は突然やってきた。60年前の5月24日早朝。消防車のサイレンを枕元で聞き、火事だと思って外に飛び出すと、目の前に水が迫っていた。両親と自分、弟、妹の家族5人はバラバラに逃げたが、生きて再会できたのは母だけだった。

 自宅を市内に建て直し、家業の靴店も再開して母と暮らした。でも、当時小学6年生だった石川さんは精神的に落ち着かない状態が続いた。

 わずかな喉の痛みや切り傷でも、「このまま死んだらどうしよう」と、すぐに病院へ駆け込んだ。小さな地震も怖くて、夜中でも跳び起きた。津波が足元に迫る感覚や、遺体が並んでいた寺のにおいが忘れられず、家業を継いだ後も、40歳ごろまで津波に襲われる夢に悩まされ続けた。トラウマという言葉も、心的外傷後ストレス障害(PTSD)という病名も一般的ではなかった時代。仕事に追われる母ともゆっくり話せないまま、恐怖を抱え込んだ。

 だが、60歳を前に転機が訪れる。母が亡くなり靴店を畳むと精神科がある病院の用務員の仕事を紹介された。

 引き受けたものの、患者とどう接すればいいのか分からない。図書館で心理学の本を借りて学んだ。そこには、心の傷を負った人のつらさや接し方も書かれていた。「あの時の自分もきちんとケアを受けていたら、長く恐怖は残らなかったかもしれない」。働きながら放送大学に入学し、本格的に心理学の勉強を始めた。長い歳月が過ぎたからか、勉強の効果か、ようやく精神的なつらさを乗り越えられたと感じるようになった。

 数年後、東日本大震災が起きる。病院の窓から、津波が町をのみ込むのを見た。チリ津波とは比較にならない惨状に恐ろしさを感じる一方、昔の自分のように傷付いているだろう子どもたちのことが気になった。「トラウマを克服した今の自分なら、何か力になれるはず」。学校などでカウンセリングができる臨床心理士になろうと決めた。

 臨床心理士の資格を取るには大学院で学ぶ必要があり、6年前から放送大学大学院を受験し続けている。震災から9年余りたったが、今も心の傷が癒えない子どもたちは多い。「経験も語りながら、つらさや悲しみを乗り越えるきっかけを作ってあげたい」と願っている。

チリ地震津波

 1960年5月23日早朝(日本時間)、チリ沖でマグニチュード(M)9・5の地震と津波が発生。津波は太平洋を横断して24日午前3時ごろ(同)から日本に到達した。高さは最大約6メートルだったが、日本では地震を感じず、気象庁の警報発令が遅れたこともあり、東北や北海道などで142人が犠牲になった。三陸沿岸の被害が大きく、岩手県大船渡市の死者・不明者は53人に上った。

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