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わざおぎ登場

中村吉右衛門さん 「菅原伝授手習鑑」を語る 作品のテーマは3組の親子の「別れ」=完全版

インタビューに答える中村吉右衛門さん=東京都港区で、玉城達郎撮影

 人形浄瑠璃から歌舞伎に入り、三大名作と呼ばれる作品について中村吉右衛門さんに語っていただく2回目は「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」。まずは近況報告から。

 「簡単な体操をし、十二支の絵を描いております。お年賀状に使えると思いました。孫の姿も入れるようにして、楽しみのひとつですね」

 さて本題。「菅原伝授手習鑑」は、平安朝の貴族で学者から右大臣に上った菅原道真=菅丞相(かんしょうじょう)(845~903年)の、左大臣藤原時平の陰謀による失脚が題材だ。そこに丞相恩顧の三つ子の兄弟の梅王丸、松王丸、桜丸ら周囲の人々の苦難がからめられる。全五段からなり、ことに人気があるのが「道明寺」「車引」「賀の祝(佐太村)」「寺子屋」だ。

 「『道明寺』で菅丞相と苅屋姫、『賀の祝』で桜丸と白太夫、『寺子屋』で松王丸と小太郎。3組の親子の別れが描かれます。『別れ』が作品のテーマかとも思います」

 上演回数最多と思われるのが四段目部分の「寺子屋」。丞相の書の弟子、武部源蔵は丞相の子の菅秀才を自身の寺子屋にかくまっていた。時平の家来、松王丸は主人の命令を受け、春藤玄蕃と共に秀才の命を奪うために寺子屋に乗り込む。

 源蔵は入門(寺入り)したばかりの子どもの小太郎の首を打ち、秀才の首と偽って差し出す。小太郎は松王丸と女房千代の子。夫婦は秀才の身代わりにするために、わが子を寺入りさせていたのだ。恩ある人のため、自身の子を犠牲にする悲劇である。

 吉右衛門さんは子役時代に秀才と小太郎、長じて松王丸と源蔵をつとめている。「松王丸は、時平方ではあるが、丞相に心を寄せています」

 寺子屋の門口で、親に連れられて去る寺子の中に秀才がいないかを検分するのが最初の見せ場。「源蔵に秀才を連れて逃げよ、と松王丸は暗に教えています。玄蕃に悟られてはいけないので言い方がちょっと難しいです」

 松王丸は病気を装っている。「せきでごまかし、ゆっくりとしゃべる。源蔵が逃げ支度をする時間稼ぎです」

 親に呼ばれて子どもたちが次々と出てくる。「小太郎や秀才が出てきてしまえば計画は狂います。そのハラハラした気持ちを玄蕃に知られてはいけないから複雑です」

 本物の秀才の首か松王丸が検分するのは、わが子の首。首実検と呼ばれる大きな見せ場だ。「松王丸の一番の山場。緊張感をお客様に伝えなければなりません」

 松王丸が秀才の首と断じ、時平方が立ち去った後、千代が寺子屋を訪れ、口封じをしようとする源蔵と立ち回る。そこに松王丸が現れて真相を語る。「前の場面では、黒地に雪持ち松と鷹(たか)をあしらった衣装の松王丸は上を脱ぎ、黒い衣装に着替えています。中には小太郎を弔うための白無垢(しろむく)を着込んでいます」

 千代が泣くのを松王丸は叱り、丞相の役に立った小太郎に引き換えて自分の兄弟の桜丸が無駄死にしたことを嘆く。「昔の方は桜丸だけを悼み、千代を叱りましたが、僕らの世代ですと、そばにいる母親を無視してはいられない。『桜丸が不憫(ふびん)でござる』のセリフに千代への思いを重ねます。それが時代の感覚なんだろうと思います」

 時代と共に解釈の細部も変わる。幕切れ近くに小太郎に対する焼香の場面がある。手習いの「いろはにほへと」の文字を織り込んだ、竹本が語る詞章に乗せて仕草をする「いろは送り」と呼ばれる切ないくだりだ。

 「昔は『いろは送り』も簡単に俳優がセリフで言っていたのが、今は竹本に語らせます。ほろりとさせ、子に対する思いを強調する。不変と思われがちな歌舞伎も、変化しているんです。できるなら、いい方に変えていきたいですね」

 吉右衛門さんは「寺子屋」で、松王丸はもちろん、武部源蔵も度々手がけてきた。どちらも養父で明治から昭和までの歌舞伎界屈指の名優、初代吉右衛門が得意とし、その初代から芸を受け継いだ実父の初代松本白鸚(八代松本幸四郎)に教えを受けた。

 「源蔵は狂言回し的な役で、菅丞相の子どもを託されるだけの人物というところも出さなければならない。また丞相から筆法を伝授された学者であり、武士としてもある程度のものを持った人。その両方を出すのが難しい。腰元であった戸浪と駆け落ちした色気も必要です。実父から厳しく教えてもらいました」

 戸浪とやりとりし、秀才を隠し、千代と立ち回るなど、細かな動きも多い。

 「やることが多い。比べると松王丸はすることが少ないんですよ。出て行ったら座ってしゃべる。それで首実検してまた出て行きます」

 源蔵のセリフの中で知られるのが「せまじきものは宮仕え」。わが子も同然の寺子である小太郎を手にかけなければならないのを嘆いてのものだ。「初代(吉右衛門)のこのセリフが絶品だったらしい。実父はそれをとにかく私に教えようとしました。音程が難しいんです」

 梅王丸、松王丸、桜丸の三つ子の兄弟の中で、吉右衛門さんが初めて演じたのが「車引」の桜丸。1958年で14歳。現市川猿翁さんの梅王丸、現松本白鸚さんの松王丸の配役。六代中村歌右衛門に教えを受けた。「車引」ではその後に梅王丸、松王丸をつとめている。

 「車引」は極め…

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小玉祥子

1985年入社。東京学芸部専門編集委員。現在の担当は演劇、古典芸能。著書に「芝翫芸模様」(集英社)、「二代目 聞き書き中村吉右衛門」(朝日文庫)など。

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