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常夏通信

その45 74年目の東京大空襲(32) 生後2時間、大阪大空襲で左足を失った女性

第2次大阪大空襲後の大阪市の築港=1945年6月1日(2枚をつないだ写真)

 今から75年前、1945年3月13日の午後9時過ぎ。大阪市阿倍野区で赤ちゃんが生まれた。

 そのおよそ2時間後、米軍の戦略爆撃機B29の無差別爆撃が始まった。279機が翌14日の午前3時過ぎまで、1732トンの焼夷(しょうい)弾をばらまいた。3日前の東京大空襲をしのぐ爆弾で、大阪市の中心部は甚大な被害を受けた。4000人近くが殺され被災者は50万人に及んだ。13万戸以上が焼けた。

 赤ちゃんは女の子。母親とともに布団ごと自宅の防空壕(ごう)に運び込まれた。そこを焼夷弾が直撃した。母子は助け出された。しかし赤ちゃんは左足に大やけどを負った。指がぽろぽろと落ちた。膝の関節は内側に曲がった。

 米軍の戦略爆撃機B29の日本本土初空襲は44年6月16日未明、現在の北九州市で始まった。八幡製鉄所を狙った攻撃であった。この後しばらくは、B29の攻撃は精密爆撃が中心だった。民間人住宅街を避けて、軍事関連施設を狙うものだ。それを民間人住宅街も軍事施設も区別しない「無差別爆撃」へと切り替えたのは、米陸軍航空部隊の、カーチス・ルメイ将軍である。

 非戦闘員、米軍に抵抗などしようのない子どもや高齢者までが焼き殺された。空襲被害者や遺族らは「鬼畜」「皆殺しのルメイ」とも呼んだ。ルメイ将軍のその残忍な「作戦」はしかし、彼個人の能力や意思だけで実現したものではなかった。

 43年、春のことだ。米ユタ州の砂漠。試験場に、日本家屋のような木造住宅が建てられていた。中には布団と本棚。本まで置かれていた。砂漠に出現したこの「日本人の町」は建築家、アントニン・レーモンドの知識を生かして再現されたものだ。この建築家は戦前、18年にわたり日本に滞在していた。

 米軍が想定していたのは、焼夷弾による大規模空襲であった。親爆弾の中に40個近い子爆弾が入っている。子爆弾の中にはゼリー状のガソリンが詰めてある。高度600メートルで親爆弾が破裂、子爆弾は燃えながら落ちる。木と紙が主体の日本の住宅に、どれくらいの効果があるのかが調べられた。さらに念入りなことに、実験では日本人と同じ装備の「消防団」まで組織された。消し止められないためには、どんな爆弾が効果的なのかを調べる、非道な実験であった。

 その成果を大規模に生かしたのが、45年3月10日の東京大空襲であった。さらに12日には名古屋、13日には大阪が無差別爆撃を受けた。「東海道大空襲」とも言うべき無差別爆撃であった。わずか3日で、日本の大動脈は悪魔のメスにより切り裂かれた。

 13日の大阪大空襲で左足を焼かれたのは、藤原まり子さん(75)だ。

 中学2年の時、大腿(だいたい)部から下を切断した。高校を卒業後、洋裁学校で技術を身につけた。「手に職をつけないと食べていけない」という、母親の願いでもあった。その母親は、娘を思い「代わってやれるのならば代わってあげたかった」と、自分を責めていた。女の子は成人し、24歳で結婚した。最初の子どもを授かったとき、小さな足をなでながら思った。「私の足も、こんなだったのかな」

 「大阪大空襲」は、藤原さんが被災した3月13日で終わっていない。6月1日には400機、15日には469機ものB29が府下を襲った。8月14日正午、つまり日本がポツダム宣言の受諾を表明し敗戦が事実上決まった後にも行われた。戦争は、敵を殺すこと、つまり殺人が「自分の国のため」になる。異常が正常になるのが戦争だが、この空襲は異常の中でも際だった異常だ。戦争に勝つためにではなく、敵を殺すことが自己目的である空襲に他ならない。連合国が東京裁判で提示し、日本を裁いた「人道に対する罪」そのものである。

 敗戦から63年が過ぎた2008年12月8日。藤原さんら空襲被害者たちが、国に謝罪と補償を求めて大阪地裁に提訴した。

 原告団代表世…

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栗原俊雄

1967年生まれ、東京都板橋区出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院修士課程修了(日本政治史)。96年入社。2003年から学芸部。担当は論壇、日本近現代史。著書に「戦艦大和 生還者たちの証言から」「シベリア抑留 未完の悲劇」「勲章 知られざる素顔」(いずれも岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)、「シベリア抑留 最後の帰還者」(角川新書)、「戦後補償裁判」(NHK新書)、「『昭和天皇実録』と戦争」(山川出版社)など。

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