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聖地「御嶽」を旅する

ステイホームで旅(12) 御嶽と森が大切な理由 人間には「神」が必要

宮古島の川満集落、喜佐真(きさま)御嶽への道=沖縄県宮古島市で2016年11月、伊藤和史撮影

 緊急事態宣言は全面解除されたものの、まだまだ外出は、とりわけ遠出は思うようにならない。家にいて、見たい景色や行きたい場所に想像をめぐらせる「ステイホームで旅」の第12回は、沖縄県・宮古島の熱烈なファンだった民俗学者、谷川健一氏(1921~2013年)の思考に触れながら、なぜ御嶽(うたき)と御嶽の森が大切なのかを探る。「聖地『御嶽』の旅」の原点である。【伊藤和史】

 宮古諸島の一つ、伊良部島の海沿いにある乗瀬(ヌーシ)御嶽を見学した時、ちょうど願い(ニガイ)の最中だった。お供えものをそなえ、白い装束のカンカカリャが何ごとか拝んでいた。カンカカリャとは職業的霊能者のことで、宮古島ではこう呼ばれる。語源は「神がかり」とみられる。沖縄本島や奄美大島で「ユタ」と呼ばれる人々である。

 乗瀬御嶽の祭神は航海の守護神の女神・玉メガで、島民の崇敬があついそうだ。立派な鉄筋づくりの籠もり屋や、赤く塗られた鳥居がある。本土の神道の影響を受けていて、見た目も神社に似ているけれど、願いをする一同が床に座り、線香がたかれているのは、やはり南島の御嶽ならではだ。一歩出ると、目の前は南国の海。

 宮古島では、神様の霊力が強いことを「神高い」という。宮古島自体が神高い島といえるのだが、前回紹介した大神島は全島が聖域というべき存在であって、ことに神高い島だ。一方で、土地や地域だけでなく、霊力の高い人々もいる。

 「カンカカリャ」は、その代表だろう。この人々は南島で必要とされている職業人であり、女性だけではなく男性もなれる。「なれる」というのは誤りで、神様によって「ならされる」という表現が多分正しいと思う。

 カンカカリャになる人は、心身の異常な体験を経ることが多い。家庭や仕事でのつまずきが引き金になるともいわれる。ある時、神様にかかわる夢や幻覚をしきりに見るようになる。そうして、突然、あちこちを歩き回ったり、御嶽をいくつも回ったりするようになる。こうした状態は「神ダーリ」と称され、宮古島では「(神に)歩かされる」とも呼ばれる。こうなると、通常の家庭生活や職業生活は全くうまくいかなくなる。死ぬか生きるかの壮絶な状態に至ることも少なくないという。

 神ダーリは神様が課した試練であって、これを乗り越えることによって神との交信が可能になる。こうして、神の道を進む人、つまり、島民たちの依頼によって神ごとを行う職業的霊能者であるカンカカリャが誕生するわけだ。カンカカリャは一般的な安全や幸福祈願などのほか、個人的な悩みの原因を占って解決法を見つけ出すといった仕事を期待されている。

 こういうカンカカリャの資質や体験、能力はもちろん一部の特別な人の事例に違いないが、そこまではいかないにしろ、霊力が高いなと感じる人は結構いる。

 宮古島で開かれる祭りをめぐるシンポジウムでは、祭りで歌われる神歌が披露されることがある。その時、同席していた当地の知人から「こういうの聞いていて、頭、痛くならない?」と尋ねられたことがある。筆者は宗教的凡人なのであろう。何ともなかったが、その人は違ったようだ。

 そういえば、御嶽では普段、ほとんど人影を見ないということも、人々の霊力のレベルの影響かと思う。御嶽の神様の中にはたいそう怖い方もおられるらしい。無防備に神様に近づくのは控えるべきことなのかもしれない。また、宮古島では集落で祭る神様のほかに、個人個人が守護神を持つという信仰もある。その個人の守護神を持つべきかどうかという議論に出くわした時には、ほとんど異世界に来ていると感じた。

 どうやら、宮古島の生活空間は、われわれ本土の一般的な生活空間とは違うようだ。宮古島には、人々と神様が一緒に活動する時空が厳然と存在するのだ。それが古来の暮らしであり、現在まで連綿と続き、この島をつくりあげてきたのである。

 その時空の確固たる領域を成り立たせてきたのが、神様の居場所として祭りを行う御嶽、そして御嶽を懐に抱く森の存在なのだ。逆に言うと、森がなくなれば、御嶽もなくなり、祭りもできず、神様と人が協働する領域も損なわれてしまう。

 「神高い宮古島から神がなくなった時、宮古島は死ぬ」と、そのことに強い危機感を抱いたのが谷川氏だった。宮古島での森の激減ぶりを新聞記事で知って衝撃を受け、94年、「宮古島の神と森を考える会」をつくった。島内外の普通の市民や研究者、カンカカリャらが集まり、宮古島の神と森のもつ意味、また、担い手不足などのために実施が難しくなっている祭りの存続について考えるシンポジウムを毎年行ってきた。さきほど、神歌が歌われたと紹介したシンポジウムもその一つだ。

 谷川氏が13年に亡くなった後も、活動は一歩ずつ前に進む。担い手不足で…

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伊藤和史

1983年入社。岐阜支局、中部報道部、東京地方部、東京学芸部、オピニオングループなどを経て、2019年5月から東京学芸部。旧石器発掘捏造(ねつぞう)事件(2000年)以降、歴史や文化財を中心に取材

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