「本能寺の変 原因説総選挙」 50説から選ばれたトップは、やはり…

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明智光秀が築城した福知山城。現在の城は復元されたものだ=京都府福知山市で2017年7月30日午後4時7分、礒野健一撮影
明智光秀が築城した福知山城。現在の城は復元されたものだ=京都府福知山市で2017年7月30日午後4時7分、礒野健一撮影

 戦国武将、明智光秀が「本能寺の変」で織田信長を討ったのは、信長の非道を許せなかったから――。光秀ゆかりの京都府福知山市が本能寺の変(1582年)の原因について、50の説から選んでもらう総選挙をインターネット上で実施したところ、正義のために信長を討ったとする「暴君討伐説」が1位となった。結果は「福知山光秀ミュージアム」(同市)のホームページで2日から紹介する。

 同ミュージアムが、新型コロナウイルスの感染拡大で休館中(3月11日~5月31日)のイベントとして企画。本能寺の変の原因としてミュージアムで紹介している50の説から、「これぞ」と推す説を5月1~24日に投票してもらった。NHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の主人公になるなど、光秀への注目度が高まっていることもあり、全ての都道府県から計3万5359票の応募があった。

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