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常夏通信

その46 74年目の東京大空襲(33)「防空法」の呪縛認定 それでも原告敗訴の大阪空襲訴訟

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隣組による空襲時の消火を訴えたポスター
隣組による空襲時の消火を訴えたポスター

 大阪大空襲などの被害者が国に賠償を求めた裁判で、2011年12月7日、大阪地裁は原告敗訴の判決を下した。原告の被害を認定。さらに防空法によって、空襲を受けた市民に応急防火が義務づけられたこと、すなわち直ちに逃げることを禁じられたことを認定した。国が他の戦争被害者に補償したように、原告たちにも補償をすべきだという主張にも理解を示した。ではなぜ、訴えを退けたのか。

拡大してきた民間人への補償・援護

 これまで見てきたように、国は元軍人・軍属らに累計60兆円の補償や援護を行ってきた。一方で、国と雇用・被雇用の関係にない民間人の救済はしない、というのが政府の基本的な姿勢である。

 しかし、実際は、民間人への補償や援護を少しずつ拡大してきた。たとえば1957年、沖縄戦の民間人被害者の一部を「準軍属」とした。翌年には戦時下に動員された学徒らも援護対象となった。63年には南満州鉄道株式会社(満鉄)の従業員のうち、軍の要請を受けて業務に当たっていた職員が、さらには69年には防空法の規定で「防空監視隊員」となった者も追加された。ところが、民間人空襲被害者にはそうした措置をしていない。

 民間人空襲被害者たちは同じ日本人、同じ戦争被害者でありながら元軍人・軍属と差別され、さらに他の民間人被害者とも差別されてきた。国は二重の差別をしてきたのだ。

 「同じ民間人。同じ戦争被害者。どうして空襲被害者は補償の対象にならないのか」。当事者ならずとも、「不公平だ」と思う人はいるだろう。

「法の下の平等に反する」 原告の主張に司法は

 大阪空襲国賠訴訟の原告はこうした歴史的経緯を踏まえて、法の下の平等を定めた日本国憲法14条などに反しており、原告らを救済する立法を何らしていないのは憲法上の立法義務に違反している、と主張した。一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道をしている常夏記者こと私もそう思う。

 大阪地裁は「戦後補償という形式で明確に補償を受けることができた者と、必ずしも戦後補償という形式での補償を受けることができない者が存在する」ことを認めた。そのうえで、「(その)状態が相当期間継続するに至っており、上記の差異が、憲法上の平等原則の問題を全く生じさせないと即断することはできない」とした。

 判決文らしい、持って回った言い回しを常夏記者風に意訳すると「戦争被害者で、国が補償した人としない人がいる。その違いが長期間続いてきた。これについて憲法が定める法の下の平等に反する可能性もあり得る」ということだ(この部分は重要である。1987年、名古屋大空襲国賠訴訟で最高裁が下した「戦争被害受忍論」と対比すると分かりやすい。次回以降、詳しく触れたい)。

 さらに大阪地裁は、立法をするかどうかは「国会の広い裁量に基づいて判断されるべきもの」とする。法律を作るかどうか、どんな内容にするのかを決めるのは国会であり、国会議員、ということだ。三権分立の一角をそれぞれ担う司法や行政担当者と違い、国民に直接選ばれている国会議員であればこそ、そうした広い裁量が許されるということは、一般論としては分からなくもない。

 しかし、その立法によって結果的に国民が広く苦しめられることは、日本を含めて古今東西にたくさんの例がある。

 だから、国会が作った法律の内容が法に反する場合、あるいは作るべき法律を作らない場合は司法がそれを是正しなければならない。それが三権分立の在り方のはずだ。

「不合理な差異」は無かった?

 では、原告ら空襲被害者に国が補償を行うための法律を、国会が作らなければならないのはどういうケースなのか。大阪地裁はその条件について、示す。

 「国会の立法裁量に逸脱があると言わざるを得ないような、明らかに不合理な差異が…

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