ダムに沈んだ徳山村 最後の1人の足跡たどる 「豊かさとは」今こそ問う 池田の写真家・大西さん /岐阜

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徳山村に最後まで住み続けた廣瀬ゆきえさんを取り上げた「ホハレ峠」を著した大西暢夫さん=岐阜県池田町の自宅で
徳山村に最後まで住み続けた廣瀬ゆきえさんを取り上げた「ホハレ峠」を著した大西暢夫さん=岐阜県池田町の自宅で

「ホハレ峠」

 ダム計画で消えた徳山村(現・揖斐川町)に最後の1人となるまで暮らした廣瀬ゆきえさんを取り上げたノンフィクション「ホハレ峠――ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡」(彩流社)を、池田町の写真家、大西暢夫さん(51)が著した。【花岡洋二】

 日本最大級の徳山ダム建設に伴い、1987年に廃村となった。電気・水道は止まり、現金を使う店も無くなった。だが一部の住民は住み続けた。大西さんは91年から通い、ジジババたちの話に耳を傾け、営みに目をこらした。トチの実、自然薯(じねんじょ)、山菜、イノシシなどの恵みを、自らの手と知恵で取り、食べる。何も無いようで、幸せに満ちていた。

 ゆきえさんは19年に村の門入(かどにゅう)集落で生まれ、ダム完成前の2005年に出た。「なぜ最後の1人になるまで暮らし続けたのだろうか」。大西さんは答えを知ろうと、生い立ちから聞き取り、足跡を現地でたどった。

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