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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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江戸に200軒以上あった寄席が…

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 江戸に200軒以上あった寄席が全廃されそうになった天保の改革である。辛うじて市中で15軒が存続を許されたが、演目は主に勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の神道、心学、軍書の講談と昔話に限られた。寄席好きは落胆したろう▲「よせよせといふ内(うち)もとの様(よう)になり」の「よせ」は寄席と止せ。天保の改革が失敗すると、たちまち寄席が市中で息を吹き返したさまを詠んだ川柳である。その後、江戸の寄席は以前を大きく上回る700軒に増えたという話もある▲幕閣(ばっかく)には無用と見えた庶民の娯楽だが、その復元力はすごかった。この伝統を受け継ぐ東京の寄席の一部がコロナ休業から営業再開したのは、都の休業要請緩和「ステップ2」によるものだ。だがその直後の「東京アラート」である▲レインボーブリッジや都庁の赤いライティングが何ともまがまがしく見えたのは、ようやく生業の再起動で生まれた心の弾みに急ブレーキがかかったからだろう。都内の感染者増を受け、都民に警戒を呼びかけるアラートの発動である▲新たな感染者の半数以上は感染経路が不明という。だが、アラートが直ちに休業要請を逆戻りさせるわけではない。感染の動向を警戒しながら生業や生活の再建を進める難しさを、あらためて思い起こさせた赤いライティングだった▲寄席の歴史は、縁なき人には「無用」と映る楽しさを求める庶民のパワーを示した。そんなご先祖譲りのパワーを、感染への警戒を怠ることなく心に弾みを取り戻す「新しい日常」の構築に注ぎ込みたい。

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