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第103回全国高校野球選手権

第103回全国高校野球選手権大会(8月10~29日)の特集サイトです。

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“松井5敬遠”28年後の馬淵×林対談

相手に見えるよう「ス・ク・イ・ズ」 ベテラン馬淵流、終盤の駆け引き(最終回)

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第84回全国高校野球選手権大会決勝戦、智弁和歌山を破って初優勝を果たし、マウンドに駆け寄る明徳義塾の選手たち=阪神甲子園球場で21日、望月亮一撮影
第84回全国高校野球選手権大会決勝戦、智弁和歌山を破って初優勝を果たし、マウンドに駆け寄る明徳義塾の選手たち=阪神甲子園球場で21日、望月亮一撮影

 1992年夏の甲子園で明徳義塾が星稜の4番・松井秀喜に取った5打席連続敬遠策。高校野球史に刻まれた戦略などについて、明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督(64)と星稜(石川)の当時2年生遊撃手として出場した林和成監督(44)が語る、ウェブ会議システム「Zoom(ズーム)」での高校野球監督対談。最終回は、接戦で試合終盤を迎えた際の馬淵采配に林監督が迫った。【構成・安田光高】

 林監督 馬淵さんは甲子園で70試合以上されている。僅差の試合の終盤に、どう選手に流れを伝えるのか。事前に細かい指示を伝えていますか。

 馬淵監督 難しいのは八回、九回。球数の問題もあるでしょうけれど、心理的に勝っているチームは逃げ切りたい。でも、甲子園の雰囲気は負けている方に付く。なかなか監督も冷静になれないけれど、ピンチを迎えている原因は何かをできるだけ冷静になって考える。体力的なものなのか、配球が悪いのか、相手に球種のヤマを張られているのかなど。

馬淵監督が甲子園で采配した31試合目の第74回選抜高校野球大会1回戦(金光大阪-明徳義塾)。四回裏明徳義塾1死二、三塁、松岡力也がスクイズを決める。この大会は8強に進出=阪神甲子園球場で、望月亮一撮影
馬淵監督が甲子園で采配した31試合目の第74回選抜高校野球大会1回戦(金光大阪-明徳義塾)。四回裏明徳義塾1死二、三塁、松岡力也がスクイズを決める。この大会は8強に進出=阪神甲子園球場で、望月亮一撮影

 僕も甲子園で30試合を過ぎたあたりから、練習試合のような感覚でベンチにおれるようになりました。それまでは必死で、自分の結婚式で壇上に上がっているようなもん。もう緊張してね、負けてる時はあっという間に九回。勝っている時はまだ六回かと。

 試合中は冷静に見極める一方、日々の練習を通じて投手が相手打線につかまる兆候を選手たちに伝えている。

 馬淵監督 バッテリーによく言うのは、ポテンヒットを打たれ出したら、もう要注意だぞと。球が上ずってきている証拠。高校野球のベンチでは「打ち取っている。まだ球威があるから大丈夫」とよく言うけど。

 林監督 そう思ってしまいますよね。

 馬淵監督 だが、ポテンヒットが出だすと、僕はブルペンを見ますね。これは代え時なんかなと。

 ピンチで監督が使うカードに伝令がある。馬淵監督の伝令の使い方とは。

 馬淵監督 選手たちが浮足立って、伝令を行かせる時もありますが、伝令にあまり技術的なことを言っても伝わっていないんですよ。伝令本人が(マウンドへ)走っている間に忘れてしまう。実際に何回かあったんですよ。「ファウルラインをまたいだ途端に忘れてしもうて、『頑張れ』だけ言うてきました」っていうのが(笑い)。そういうことが多いので、伝令を行かせる時はあたふたしているから、ちょっと時間を取ろうかなという時です。

 間を取るために伝令を使うことは一般的でもあるが、高校野球界屈指の“勝負師”は、それだけでは終わらない。

 馬淵監督 走者が三塁にいて、無死1死の時に伝令を行かせると、相手の監督は「スクイズを警戒せえよ」って言われていると感じる。

 林監督 ありますね。

 馬淵監督 でね、伝令にわざと言わすんですよ。(相手の監督に見えるように)唇で「ス・ク・イ・ズ」って。

 林監督 なるほど(笑い)。

 馬淵監督 そうしたら相手が(スクイズのサインを)出せないんですよ。そういうテクニックはあります。

第90回記念選抜高校野球大会2回戦の中央学院戦で九回裏明徳義塾2死一、二塁、谷合が逆転サヨナラとなる3点本塁打を放ち、拳を突き上げる=阪神甲子園球場で2018年3月25日、渡部直樹撮影
第90回記念選抜高校野球大会2回戦の中央学院戦で九回裏明徳義塾2死一、二塁、谷合が逆転サヨナラとなる3点本塁打を放ち、拳を突き上げる=阪神甲子園球場で2018年3月25日、渡部直樹撮影

 まあ終盤が一番難しいですよ。九回2死から逆転やサヨナラで負けたことが、甲子園では何度もある。清宮(幸太郎=日本ハム)君の時の2017年センバツの早稲田実(東京)戦も、(投ゴロで)一塁へ投げたらゲームセットだったのを投手がファンブルして、拾ってすぐ投げればよかったのに3回も球が手につかなくて。次の清宮君を四球で出して、(延長十回で)負けたんです。サヨナラ負けは(18年センバツ3回戦の)日本航空石川。その前の試合の中央学院(千葉)は、九回2アウトから逆転サヨナラ3ランで勝って、次の試合は逆転サヨナラ3ランで負けた。甲子園でいつも通りできるような選手を普段から育成せないかん、と思いながらやっているんですけど、難しいですね。

両校が紡ぎ出す新たな高校野球の物語~取材後記

 対談の動画を注意深く見てもらえれば、気がつくだろう。ユーモアを交えた馬淵監督の話を、林監督が熱心にメモを取っている。昨夏の甲子園で準優勝するなど実績もある林監督だが、対談を通じて学び取ろうという意欲を強く感じた。

対談を行う明徳義塾の馬淵史郎監督(右)と星稜の林和成監督
対談を行う明徳義塾の馬淵史郎監督(右)と星稜の林和成監督

 以前に取材した際に馬淵監督は、林監督の野球への真摯(しんし)な姿勢に好印象を持っていた。その話を聞いた時、勝利のためにいちずに戦った28年前の馬淵監督と重なった。今回、両監督に対談をお願いした理由でもある。

 1時間15分にも及んだ対談後、馬淵監督が「林さん、四国に来てくださいよ。カツオでも食べに」と水を向けると、林監督は「ぜひ、行かせてください。また試合をしてください。今度は勝ちたいと思います」と答えた。5打席連続敬遠があった平成を経て、令和の時代に再び甲子園の地で対戦する。コロナ禍で二つの甲子園大会が消えた今だからこそ、新たな高校野球の物語が紡がれていくことを願ってやまない。【安田光高】

【早稲田実5-4明徳義塾】一回表早稲田実1死一塁、清宮が中前打を放つ(投手・北本)=宮間俊樹撮影
【早稲田実5-4明徳義塾】一回表早稲田実1死一塁、清宮が中前打を放つ(投手・北本)=宮間俊樹撮影

第89回選抜高校野球大会1回戦、○早稲田実5―4明徳義塾●(2017年3月24日)

 早稲田実が終盤の粘りで逆転勝ちした。2点を追う九回無死一、三塁から野田優人の三ゴロで1点を返し、2死一塁から横山優斗の投ゴロが失策を誘い、続く清宮幸太郎と野村大樹が連続四球を選んで押し出しで同点。延長十回1死三塁、野田が決勝の中前打を放った。明徳義塾は一回に3点を先取。八回に谷合悠斗の本塁打で加点も、先発の北本佑斗が制球を乱してリードを守れなかった。

明徳義塾

 1976年創立の中高一貫の私立校。野球部も同年創部した。甲子園初出場は明徳時代の82年春。夏は初出場の84年から2014年まで初戦16連勝。02年夏に甲子園初優勝。4強以上は松坂大輔(西武)を擁した横浜(神奈川)に敗れた98年夏を含め、春夏計6回。春は19回出場で25勝18敗、夏は20回出場で34勝19敗。

明徳義塾の馬淵史郎監督(右)と早稲田実の和泉実監督=阪神甲子園球場で2017年3月18日、松原由佳撮影
明徳義塾の馬淵史郎監督(右)と早稲田実の和泉実監督=阪神甲子園球場で2017年3月18日、松原由佳撮影

馬淵史郎

 まぶち・しろう 愛媛・三瓶高、拓大では遊撃手。1986年に社会人野球・阿部企業の監督として日本選手権準優勝。87年から明徳義塾高のコーチを務め、90年に監督就任。甲子園は2002年夏に優勝。春夏通算51勝(32敗)は歴代4位タイ。U18(18歳以下)アジア選手権大会に出場する高校日本代表監督も務める。同校スポーツ局長。

星稜

 1962年に創立し、野球部も同年創部。山下智茂監督が率いて72年夏に甲子園初出場。79年夏の3回戦、箕島(和歌山)との延長十八回の激闘は「高校野球史上最高」の試合とも呼ばれる。95年夏には2年生エース・山本省吾(元ソフトバンク)を擁して準優勝。2019年夏も準優勝に輝いた。春は14回出場で9勝13敗、夏は20回出場で24勝20敗。

ノックをする星稜の林和成監督=金沢市で2020年1月、平川義之撮影
ノックをする星稜の林和成監督=金沢市で2020年1月、平川義之撮影

林和成

 はやし・かずなり 金沢市出身。星稜高では主に遊撃手として活躍し、甲子園に春1回、夏2回出場。日大では準硬式野球部に所属。星稜高で1998年からコーチ、2004年から部長をそれぞれ務め、11年4月に監督に就任した。春夏通算11勝7敗。2019年夏の甲子園では奥川恭伸(ヤクルト)を擁して準優勝した。社会科教諭。

第89回センバツ、早稲田実-明徳義塾のスコア
第89回センバツ、早稲田実-明徳義塾のスコア

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