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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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客席に見立てて隙間を墨黒々と埋め…

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 客席に見立てて隙間(すきま)を墨黒々と埋め、客足が尻上がりに伸びるように右肩上がりに――。寄席の大看板やまねきに太く、くっきりと書かれた独特の寄席文字は、江戸情緒を醸すだけでなく、縁起をかついでいる▲内側へ丸く曲げて書く歌舞伎の勘亭流も、観客を呼び込もうという意味がある。そんな願いもむなしく、劇場や寄席の灯が次々と消えていったコロナ禍である▲東京都内でもようやく再開へ動き出したが、どうやって舞台も客席もソーシャルディスタンスを確保し、安全に公演できるか。主催者は苦慮している。興行が始まった寄席は、前後左右に間隔を取って着席可能な席を市松模様のように配置。フェースシールド着用で、安全と笑いの共存を目指す漫才コンビもいる▲複数の俳優が舞台に上がる演劇は、さらに悩ましい。ガイドラインは飛沫(ひまつ)感染を防ぐため「出演者間で十分距離をとる」とあるが、言葉や表情を見せる演劇でマスク着用というわけにもいかないだろう▲参加人数は「収容定員の半分以下」という指針も採算的には厳しい。ぴあ総研の試算では、来年1月時点でも客足は通常の8割弱にとどまる見通しだ。完全回復には来年1年間はかかるとみられ、道のりは遠い。第2波、第3波があれば、また振り出しに戻る▲無観客の劇場から舞台映像を生配信する試みも始まったが、舞台と客席の密な一体感こそが舞台芸術の醍醐味(だいごみ)だ。ウィズコロナ時代、しばらくは市松模様の客席で心おきなく楽しめる日を待ちたい。

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