「国の押しつけ変わらない」 大阪・能勢ナイキミサイル基地反対運動から50年

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大阪府能勢町山辺に作られたナイキJミサイル基地反対運動の拠点=阪根俊夫さん提供
大阪府能勢町山辺に作られたナイキJミサイル基地反対運動の拠点=阪根俊夫さん提供

 1970年6月、大阪府能勢町に航空自衛隊の地対空ミサイル「ナイキJ」の基地建設計画が持ち上がり、7年近くにわたる住民反対運動の末に撤回された。運動開始から50年。15日には河野太郎防衛相が地元の反発を受けた陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の秋田、山口両県への配備計画停止を発表した。基地反対運動の中心にいた阪根俊夫さん(88)=能勢町山辺=は「安全だと言って、危険な施設を人口の少ない地域に押しつけようとする国の姿勢は変わらない」と批判する。

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