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百舌鳥・古市古墳群 世界遺産1年/上 参拝、継承のあり方 議論の時=京都府立大教授・宗田好史

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世界文化遺産に登録が決まった百舌鳥古墳群=堺市で2019年6月6日、本社ヘリから山崎一輝撮影
世界文化遺産に登録が決まった百舌鳥古墳群=堺市で2019年6月6日、本社ヘリから山崎一輝撮影

 百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群(大阪府堺市、羽曳野市、藤井寺市)が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されてはや1年がたつ。訪れる人に「分かりにくい遺産だ」とよく言われる。では、空から見れば分かるのだろうか。巨大な鍵穴形はよく見える。でも、それで古墳の何が分かるのだろう。

 登録の話が出る15年以上前から、日本イコモス国内委員として推薦書検討に加わり、登録後も保存管理に関する学術委員を務めている。最初から不思議な遺産だった。歴代天皇の墓として宮内庁が所管する陵墓29基を含む49基の古墳群とは何か。4世紀後半から現在までどう継承されてきたか。考古学者の説や郷土史家の話を聞いても分からないことが多い。世界中の考古学者が今も調査を続けるエジプトのピラミッドと違い、日本の学校教育でも意外なほど扱いが少ない。それに、現在の市街地から古墳時代を想像することは不可能に近い。「ワォ、何コレ、よくこんな凄(すご)い遺産を世界に隠していたね」との、イタリアの世界遺産専門家の率直な声を思い出す。

 明治の初めに始まった陵墓祭祀(さいし)は、戦後もすでに長く続き、今も静安と尊厳の保持を目的に宮内庁が陵墓を管理している。登録作業は、宮内庁の意向を聞くところから始まった。「地元が望むなら」とご理解いただいた。

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