米軍ファントムが奪った3人の命 横浜墜落事故「公務中」進まなかった捜査
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43年前に横浜市で米軍機が墜落し、炎上する事故があった。巻き込まれた母親と幼い2人の子どもが亡くなったが、「公務中」の事故としてパラシュートで脱出した米兵への捜査は進まなかった。米軍関係者に対する多くの特別待遇を定めた日米地位協定は23日で発効から60年を迎える。肉親を失った遺族の悲しみが癒えることはない。【伊澤拓也】
民家4棟が全半焼
1977年9月27日午後1時過ぎのことだった。厚木基地を飛び立って太平洋上の空母に向かっていた米軍のRF4Bファントム偵察機がエンジン火災を起こし、横浜市緑区(現青葉区)の公園脇の道路に墜落した。東急田園都市線の江田駅から西約500メートルの墜落地点は当時、田畑に民家が点在していた。一帯は爆風で吹き飛び、民家4棟が全半焼。のどかな新興住宅地は一瞬にして火の海と化した。
事故の影響で3人が死亡し、6人が負傷した一方、乗員の米兵2人はパラシュートで脱出して無事だった。翌日に米軍と神奈川県警による合同の現場検証が行われたが、県警は米軍の作業を見守るだけで、機体の残骸は米軍が持ち帰った。
「もう思い出さないようにしているんだよ。つらくなっちゃうから」。事故で妻だった和枝さん(当時31歳)、長男裕一郎ちゃん(同3歳)、次男康弘ちゃん(同1歳)の3人を失った林一久さん(74)は、43年前の出来事を意識的に心の奥底にしまってきた。
その日は地権者の集まりがあり、すし屋で飲食をしていた。誰かが「林さんの自宅近くに飛行機が落ちた」と聞きつけてきた。酔いが一気にさめ、家族がいるはずの自宅に電話をするがつながらない。全員でトラックの荷台に乗って自宅に向かった。
「パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、バイバイ」
目の前に広がる光景を、しばらくは信じられなかった。家は柱だけになり、救急隊が黒こげになった人を運んでいた。その人が和枝さんだと思わなかったのは、願望も混じっていたのかもしれない。「何が起きたのか分からなかった」。パニック状態のまま、後を追って病院に駆けつけた。
和枝さんと2人の子どもは別の病院に搬送されたため、双方を行ったり来たりした。3人とも重い全身やけどを負い、包帯でぐるぐる巻きにされていた。「痛い」と言葉にならないうめき声を上げる3人に、手を握って「頑張れ」と励ますことしかできない。
日付が変わるころ、裕一郎ちゃんの容体に変化があった。付き添っていた林さんの母に「パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、バイバイ」と言い残してこの世を去った。林さんが和枝さんのいた病院から駆けつけると、息を引き取っていた。
林さんには大きな心残りがある。裕一郎ちゃんは搬送後、ずっと「お水ちょうだい」と訴えていたが、当時の医学の常識だったのか、病院から許可が下りなかった。「あれだけ飲みたがっていたんだから、先生の言うことを無視して好きなだけ飲ませてあげれば良かった」
その約4時間後、康弘ちゃんが危篤に陥る。林さんは康弘ちゃんの好きな歌を口ずさんだ。「パパとハトポッポの歌を歌おうか」。康弘ちゃんは「ポ、ポ、ポ」と口を動かしたが、徐々に衰弱し、明け方に力尽きた。「夢でも見ているのか」。林さんは一睡もできなかった。
伝えられなかった子どもの死
和枝さんは奇跡的に一命を取り留めたものの、危険な状態に変わりはない。2人の死を告げれば、希望を失い、つらいリハビリに耐えられなくなると考えた林さんらは、真実を隠すことにした。2人は別の病院に入院中ということにして、電話すらできないと伝えた。テレビやラジオは病室に置かず、新聞も2人の死を伝える記事が掲載されているものは渡さなかった。
2人に会うことを目標に…
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