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梅津時比古・特別編集委員の「コンサート」にまつわるエッセー。

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レーヴェを歌う35年前の小さな演奏会 現代を照射する黒い棺=梅津時比古

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音楽の友ホールで歌う佐藤征一郎=2019年10月31日、林喜代種撮影
音楽の友ホールで歌う佐藤征一郎=2019年10月31日、林喜代種撮影

 コンサートが世界から消えて、ほぼ3カ月たつ。これは何百年前に戻ったことになるのだろうか?

 世界全体に動かしがたい沈黙がとぐろを巻いて横たわっている気がする。

 たとえば、二、三百年前の状況に戻ったとすると、ちょうどベートーベン生誕250年の今年から時計の針を逆回しにしたころになるが、当時の社会の資料からはさまざまに音が聞こえてくる。コンサートは極めて少なかった一方で、重い沈黙は感じられない。もっと前にさかのぼったとしても、瞑想(めいそう)の時間を持つ修道院からも、沈黙よりも音が聞こえてくる。瞑想とは、もともとは修道士が聖書を音読することであった。修道院の回廊から中庭に向かって修道士たちは聖書を音読していた。

 モーツァルト、ベートーベンの時代に、コンサートでベートーベンの交響曲を聴きたいと思っても、容易には実現しなかったろう。しかしたとえばピアノ用に編曲された交響曲を家庭内のピアノで弾くことなどを通して、決してうまい演奏ではないにしても、ベートーベンは身近に響いていた。

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