沖縄戦で亡くなった人の遺骨や遺品を探す南埜安男さん。この壕は旧日本軍が使っていたとみられ、朽ちた坑木が見つかった=沖縄県糸満市で2020年6月6日午前9時17分、平川昌範撮影

 約3カ月の地上戦で約9万4000人の住民を含む約20万人が犠牲になったとされる沖縄戦。沖縄県内では今も毎年、ガマと呼ばれる自然の洞窟や壕(ごう)、原野などから遺骨が見つかっている。厚生労働省は遺骨のDNA鑑定を進めるが、身元が判明して遺族の元に返されたのはこれまでに5体だけ。収集に当たるボランティアは訴える。「家族の元に帰れない遺骨が今も沖縄の地に眠っていることに多くの人が関心を持ってほしい」。沖縄戦で旧日本軍の組織的戦闘が終わって23日で75年となる。

 沖縄戦最後の激戦地となった沖縄本島南部の糸満市。雑木林の中に旧日本軍が構築したとみられる壕の跡があった。記者は6月上旬、遺骨や遺品の収集をボランティアで続ける南埜(みなみの)安男さん(55)=那覇市=に同行して暗闇の中に足を踏み入れた。

南埜安男さんが見つけた元日本兵のものとみられる印鑑。「小林健吉」の字が確認できる=沖縄県糸満市で2020年6月6日午前9時52分、平川昌範撮影

 ヘッドライトの明かりを頼りに狭い穴を数十メートル奥へ進むと、無数のコウモリが舞う少し広い空間に出た。あちこちが落盤し、安定した足場さえない。南埜さんが土砂をかき分けると、朽ちた木材が見つかった。旧日本軍が敷いた坑木とみられる。「75年前の地層まで掘るところから始まる。遺骨や遺品はそう簡単には見つからない」。南埜さんは黙々と作業を続けたが、壕の中は湿度が高く、息苦しさを感じた。

 南埜さんは堺市出身。7年前に観光で沖縄を訪れた際、ホテルの建設現場で沖縄戦の犠牲者の遺骨が見つかったことを偶然耳にした。「浮かれて沖縄に来ていた自分は何なのか」。一念発起して会社を辞め、自宅マンションを売却。約6年前に沖縄に移り、蓄えを切り崩しながら週5日、収集に当たる。遺品が見つかり、遺族を探し出せれば、近くで見つかった遺骨の身元も特定できる可能性がある。南埜さんは「生きた証しを遺族に返したい」と語る。

 県によると、最近の10年間の遺骨の年間収集数は7~263体。2019年度は新たに59体(暫定値)が発見された。米軍の攻撃から逃れようと兵士や住民が身を隠したガマや壕だけでなく、近年は住宅の基礎工事や山林の開発で見つかるケ…

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