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社説

沖縄戦から75年 歴史踏まえ将来描く責任

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 沖縄はきょう、戦後75年の「慰霊の日」を迎えた。太平洋戦争末期、住民を巻き込んだ地上戦が行われ、約20万人が亡くなった。このうち住民の犠牲は約9万4000人にも上った。

 沖縄戦の最後の激戦地、糸満市摩文仁(まぶに)では、県主催の追悼式が行われる。ところが今年、思わぬ騒動が起きた。新型コロナウイルス感染対策として国立沖縄戦没者墓苑での開催を県が検討したところ、抗議の声があがった。

 追悼式は例年「平和の礎(いしじ)」そばの平和祈念公園広場で行われてきた。「礎」は、国籍や軍民の区別なく戦没者の氏名を刻んだ石碑で、祈り、平和への発信をする場所として定着してきた。

 一方、国立墓苑には戦没者の遺骨18万余柱が納められている。ホームページには「国難に殉じた戦没者」をまつるとの表現があった。今回のことで削除されたが、県民の間には犠牲が美化されるのではないかという警戒感もある。

 例年と同じ場所で追悼式を行うよう求めた団体の一人は、記者会見でこう語った。

 「家族を拝んでいる気持ちが、戦争を正当化する国に盗まれていくようだ。コロナだから仕方ないと思っていると、追悼式の意味が変わってしまう」

 玉城デニー知事は結局、会場を元に戻さざるを得なかった。

 これは単に会場の問題ではない。戦争体験の継承が難しくなっていく中で、沖縄戦の意味が国に都合よく書き換えられかねないという危機感の表れだ。戦後の歴史も踏まえ、沖縄の人々が今も国との関係に割り切れない感情を抱いていることが背景にある。

 沖縄は、戦争で本土防衛の時間を稼ぐ「捨て石」にされた。戦後も27年間、米軍の施政権下で、理不尽な用地収用や事件事故に苦しんだ。本土の米軍基地が減る一方、沖縄の負担は増し、日米安保条約と地位協定のもと、安保体制を支える最前線となった。

 沖縄の将来は、歴史を見つめることなしには描けない。その過重な負担によって、日米安保体制の恩恵を受けている国や本土の人々も、無関心でいるべきではない。

 慰霊の日に犠牲をしのび、沖縄の現状と行く末をともに考える責任を再確認する必要がある。

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