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オーケストラのススメ

~43~ パンデミックとオーケストラ

山田治生

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、演奏会中止に追い込まれた世界中のオーケストラが活動再開のために模索を続けている。キーワードは「ソーシャル・ディスタンシング」。ヨーロッパだけでなく、日本のオーケストラも、エアロゾルを測定し、奏者と奏者の距離を測っている。そして、オーケストラは弦楽器中心の小さな編成から再び歩み始めた。ある意味、オーケストラのレパートリーや奏者の配置を一から考え直す機会にもなっている。

演奏会の再開に向け、奏者の適切な距離を測るための試演を行った東京都交響楽団 写真提供:東京都交響楽団/撮影:堀田力丸

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 今から約100年前のパンデミック(世界的流行)も音楽界に大きな影響を及ぼした。「スペイン風邪」(1918~20年)である。スペイン風邪による死者は数千万人に及び、日本でも約39万人が死んだといわれている。スペイン風邪の感染は第一次世界大戦の終結の時期(1918年11月)と重なっていた。

 1918年9月、ローザンヌでストラヴィンスキーの「兵士の物語」が初演されたが、その後に予定されていた巡演はスペイン風邪の流行のために中止せざるを得なくなった。

 パリでは、1917年のサティの「パラード」の初演のプログラムに寄稿し、戯曲「ティレジアスの乳房」を書いたギヨーム・アポリネールが、1918年11月にスペイン風邪のために38歳で世を去った。

 スペイン風邪はウィーンでも大流行していた。1918年10月、画家のエゴン・シーレは、スペイン風邪で妻を失ったその3日後に、自らも28歳の若さで急逝した。その年の2月にはグスタフ・クリムトも肺炎で亡くなっていた。スペイン風邪が原因ともいわれている(感染拡大の時期を考えると疑問もある)。1918年秋、「グレの歌」(1913年初演)で管弦楽の巨大化を極めたシェーンベルクがウィーンで私的演奏協会を立ち上げた。そこでは、同時代の室内楽曲の紹介の他、少人数のアンサンブル用に編曲されたマーラーやブルックナーの交響曲が演奏された。

 1920年5月、ストラヴィンスキーは、イタリアのバロック音楽を思わせる「プルチネッラ」を発表。そして彼は新古典主義(古典への回帰)へと傾倒していく。

 第一次大戦とスペイン風邪のパンデミックとが重なって多くの人々の命が失われたヨーロッパで、巨大編成の音楽を演奏することはもはや困難になっていた。肥大化した音楽からコンパクトな音楽への流れは、芸術思想の転換だけでなく、突き付けられた現実への対応でもあったように思われる。

 5月1日、キリル・ペトレンコ&ベルリン・フィルは無観客での演奏会を全世界にライヴ配信した。そのとき演奏されたマーラーの交響曲第4番は、1921年に私的演奏協会のためにエルヴィン・シュタインが室内アンサンブル用に編曲したものだった。編曲者もさすがに100年後にこのような状況で演奏されるとは思っていなかっただろう。舞台上の楽員たちは十分過ぎる程の距離をとって演奏した。

 今回の新型コロナウイルスが音楽の創作や演奏にどんな影響を与えるのか、困難の中から何か新しいものが生み出されるのか、プラス・マイナスどちらの面にも注目していきたい。

筆者プロフィル

 山田 治生(やまだ はるお) 音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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