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飛鳥寺西方遺跡 遺構は「槻の木」跡か 調査報告書で提示 明日香 /奈良

2012年度調査で筋状を含む石敷きのない遺稿が見つかった(左側)。手前の半円部が井戸の跡=奈良県明日香村教委提供

 日本書紀で645年の乙巳(いっし)の変(大化の改新)の前に中大兄皇子と中臣鎌足が出会った「槻(つき)の木の広場」があったと推定される、明日香村の飛鳥寺西方遺跡で、2012年度の発掘調査で見つかった遺構が「槻の木」(ケヤキ)の跡だった可能性が浮上した。村教委がこのほどまとめた発掘調査報告書の中で考察している。

 同広場は日本書紀に度々登場し、672年の壬申(じんしん)の乱で大友皇子側の陣営が置かれ、歴代天皇が供宴などを催したとされる。ケヤキの場所を巡っては、これまで「蘇我入鹿の首塚」と伝わる石塔辺りなど同遺跡周辺の複数の場所が取りざたされてきた。報告書には2008年度から10年間の調査結果がまとめられており、ケヤキがあったことを裏付ける物証は得られなかったが、「新たな候補地」を挙げている。

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