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荒川決壊したら…避難先はどこ? 「江東5区」広域避難の限界露呈

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荒川の決壊で銀座の浸水も想定されている=フィクションドキュメンタリー「荒川氾濫」より、国土交通省荒川下流河川事務所/NHK提供
荒川の決壊で銀座の浸水も想定されている=フィクションドキュメンタリー「荒川氾濫」より、国土交通省荒川下流河川事務所/NHK提供

 2019年10月に発生した台風19号(東日本台風)は広範囲な浸水被害をもたらし、首都・東京でも最大約19万人が避難した。特に大規模な浸水被害が想定されたのが墨田、江東、足立、葛飾、江戸川の江東5区だ。堤防決壊による氾濫は起きなかったものの、事前に作っていた「広域避難計画」では対応しきれない実態が明らかになった。都民が自らの命を守るにはどこに逃げればいいのか。都知事選で主要な争点になっていない水害対策の現状を取材した。【松本惇】

丸の内、銀座……首都機能まひの恐れも

 昨年10月12日に上陸した台風19号における都内の避難者は、江戸川区3万5040人▽足立区3万3172人▽葛飾区1万9823人▽大田区1万1791人――の順に多かった。大田区は多摩川の氾濫が影響したとみられるが、各区で避難勧告が出された江東5区は計約10万人に上り、都内の避難者の半数以上を占めた。

 江東5区のある東部地域は、海面水位よりも低い「海抜ゼロメートル地帯」が広がり、市街地より高いところを流れる河川が多い。台風19号では本格的な運用前で水位が低かった八ッ場ダム(群馬県)などの効果もあり、大きな被害はなかった。だが、国の想定では、荒川や江戸川の堤防決壊により大規模水害が発生するとほぼ全域が浸水し、約250万人の避難が必要になる。浸水被害は、丸の内や銀座などの都心にも及び、首都機能がまひする恐れまである。

「計画運休」も避難の足かせに

荒川(濃い青の線)決壊による浸水想定区域は東京都心にまで広がっている=国土交通省作製の荒川の洪水浸水想定区域図(想定最大規模)より
荒川(濃い青の線)決壊による浸水想定区域は東京都心にまで広がっている=国土交通省作製の荒川の洪水浸水想定区域図(想定最大規模)より

 江東5区は18年、区外への避難を呼び掛ける「広域避難計画」を策定していた。計画では、災害が予想される日の3日前から4段階に分けて台風の中心気圧や予想雨量などの発令基準を定めた。

 台風19号ではいずれもこの基準を超えなかったが、上陸1日前の10月11日午後2時の段階で「今後3日間の予想雨量が400ミリ」という「3日前の基準」を超えることが判明。5区は電話協議で広域避難の実施を検討したものの、台風上陸まで時間がない上、鉄道各社が早い段階から「計画運休」の実施を決め、移動手段の確保も難しいことから、足立区のみが自主的な広域避難を呼び掛けるにとどまった。

データベース化で「2階以上に避難」を模索

 台風19号で広域避難を実施できなかったことを受け、江東5区の区長は「広域避難のあり方を議論しつつ、垂直避難についても検討を深める」との共同コメントを発表している。「垂直避難」とは、遠くの安全な場所に逃げる時間がない場合、2階以上の建物の高い所に避難することだ。山崎孝明・江東区長は19年11月の記者会見で「広域避難はなかなか無理なことで、実際に250万人が避難できるはずがない。遠くへ逃げることができればいいが、できない人のためには垂直避難を考えるべきだ」と指摘した。

 都は新たな取り組みとして、垂直避難が可能となる建物のデータベース化を進めている。20年5月末には、垂直避難場所の候補として区立施設約2100カ所のデータを各区に提供。小中学校など、これまで避難所として指定されていた場所に加え、図書館やスポーツセンターなど従来は大人数を収容できないとして避難所に指定されてこなかった施設や、浸水想定区域にあっても上層階の浸水は想定されていない施設も含めた。都は今後、都の施設約150カ所のリストも提供する方針だ。

コロナウイルスの3密対策の必要も

 さらに新型コロナウイルスの感染対策を取るため、避難所の「3密」(密閉、密集、密接)を避ける必要も出てきた。都は、公共施設だけでは不十分だとして大型商業施設や、ホテル・旅館の業界団体などとも交渉を進めている。都の担当者は「新型コロナの影響もあり、以前よりも多くの避難先の確保が必要となっている」と語る。

 ただ、垂直避難の場合、長期にわたる避難は難しい。江東5区における被害想定では、水が引くまでに2週間以上かかるとされ、救助されるまでは電気、ガス、水道などのライフラインが使えず、長期間孤立する恐れがあるためだ。

 江戸川区の担当者は「国の試算では、垂直避難などで浸水域に取り残された人をヘリやボートで救助できるのは1日2万人が限界。垂直避難を避けるには、できるだけ早く広域避難をしてもらうしかないが、遠くまで逃げる時間を確保するには判断するまでの時間が少ない難しさがある」と頭を悩ませる。

「あらかじめ考えておく必要がある」

 この状況を専門家はどう見るのか。松尾一郎・東京大大学院客員教授(防災行動学)は「地球温暖化の影響で水害は広域化かつ激甚化しており、広域避難以外の避難方法も組み合わせた計画が求められている」と指摘する。松尾氏は、在宅での垂直避難や知人宅へ逃げる縁故避難など多様な形態による「分散避難」の重要性を強調し、「各自治体でどうしても行き場のない人を最小限にした上で広域避難の話をすべきだ。新型コロナによって指定避難所への避難がより難しくなっている。自分たちがどこに避難するかを家族であらかじめ考えておく必要がある」と話す。

区からは悲鳴「自治体だけでは無理」

 今回の都知事選では、各候補が災害対策の強化などを公約の項目には掲げているものの、避難のあり方などの具体策まで踏み込んで活発な議論が交わされているとは言い難い。

 江東5区の広域避難計画では現在、避難先は定められておらず、国や都との協議が続いている。ある区の担当者はこう注文をつけた。「人口が少ないところであれば、各自治体同士だけの協議で可能かもしれないが、5区で250万人の受け入れ先を自治体だけで決められるわけがない。東京都や国に入ってもらわないとできない」。首都のリーダーには実効性のある防災対策を示すことが求められている。

台風19号の東京都内の自治体別避難者数上位

①江戸川区  3万5040人

②足立区   3万3172人

③葛飾区   1万9823人

④大田区    1万1791人

⑤日野市      8649人

⑥八王子市     8457人

⑦府中市     約8280人

⑧江東区     6937人

⑨調布市     約6000人

⑩世田谷区     5376人

⑪狛江市      3966人

⑫墨田区     3764人

※都のまとめ。太字は江東5区

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