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#セカンドキャリア

サントリーで営業職に悩み転身 ウイスキーの伝道師になったバレー元日本代表

社内に置かれたバーカウンターで、ポーズを取る佐々木太一さん。「アイドル」風だった選手時代の写真からイメージを変え、今は撮影時も「セミナー講師」を意識して表情を作っているという=東京都港区で2020年6月2日、宮武祐希撮影

 ウイスキーの分野で国内最難関と言われる資格「マスター・オブ・ウイスキー」。初代合格者の佐々木太一さん(48)はかつて、バレーボール日本代表として活躍した。引退後はサントリーで社業に専念し、やがて転機が訪れる。挫折した営業職時代、忘れられない原酒、訪れたブーム……。第二の人生でウイスキーの伝道師を選んだ理由とは。【小林悠太】

「好奇心を持ったからこそ今がある」佐々木太一

 身長193センチ、85キロ。大男の口から流れるように繰り出されるのはウイスキーの豆知識だ。6月2日夜、東京都内のオフィスの一室から行ったウェブセミナー。約1時間、ウイスキーの歴史や製造工程を語り続けた。

 「ウイスキーの語源をご存じですか。スコットランドの西の方で今も話されているゲール語から来ていると言われています。ゲール語で『ウシュク・ベーハー』。意味は『命の水』です」

 サントリーに勤務し、ウイスキーをPRするのが主な仕事。年間20万人以上が訪れる蒸留所、一般人へのセミナーなどその場は多岐にわたり、東京―新大阪間の新幹線往復は年140回に上る。ハイボールのおいしい作り方の実演はお手の物だ。そんな初代「マスター・オブ・ウイスキー」の疲れた心身を癒やしてくれるのも、またウイスキー。自宅の書斎には国内外のウイスキーが所狭しと並び、1人で“家飲み”することが多い。

 「まずはストレートで香りをかぎながら、原料や製法に思いを巡らす。その後は少し水を加え、味を楽しみます。脳まで刺激するような香りのスモーキーなシングルモルト、特に『ボウモア』が好きですね。ストレートもおいしいですが、濃いめのハイボールも抜群です」

 現役時代はスター選手だった。日本の男子バレーが人気、実力とも兼ね備えていた1990年代前半、エースの中垣内祐一さん、司令塔の真鍋政義さんらと代表を引っ張った。しかし、96年アトランタ五輪はまさかの予選敗退。男子バレーは冬の時代に入り、2000年シドニー五輪も予選で敗れた。自身も左膝の手術、手の甲の骨折、肘痛など故障を繰り返し、右足首の靱帯(じんたい)を断裂したままプレーを続けた。

 「五輪に行っていない自分が五輪について語る資格はない。最後はサントリーを強くし、連覇を続けることだけを目標にやっていました。ジャンプ力も落ちて、精神力でカバーしていました」

 99~00年シーズンからサントリーのVリーグ5連覇に貢献。04~05年シーズンで6連覇を逃した直後、05年春に33歳で現役を引退した。

 「体はボロボロでした。チーム競技なのでしがみついてまで続けたくなかった。引退後はバレー以外のことをやりたいと思っていたので、会社に『社業に専念したい』と伝えました」

新規ゼロ「おれ、営業に向いていない」

 05年6月、サラリーマン生活がスタートした。大阪で営業としてホ…

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小林悠太

毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。

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