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わざおぎ登場

中村吉右衛門さん 「義経千本桜」を語る 戦いの悲惨さ、無意味さを三悪道のセリフに込め=完全版

インタビューに答える中村吉右衛門さん=東京都港区で、玉城達郎撮影

 中村吉右衛門さんに歌舞伎の「三大名作」のお話をうかがうのも最後。源平の合戦で敗者となった平家ゆかりの人々の姿を描いた「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」に焦点をあてたい。

 平知盛、いがみの権太、佐藤忠信(狐(きつね)忠信)という立ち役にとって重要な三役が登場するが、紙面では、「渡海屋(とかいや)・大物浦(だいもつのうら)」の知盛を取り上げる。

 壇ノ浦の合戦で死んだはずの平家の勇将、知盛は生き延び、摂津国・大物浦(兵庫県尼崎市)の船問屋「渡海屋」の主人銀平として暮らし、源氏に一矢報いる機会をうかがっていた。兄、源頼朝と不和になり、逃亡する義経は海路、九州に向かう途中、渡海屋に立ち寄る。知盛は船幽霊に化けて義経の乗船を襲う。

 銀平として花道からさっそうと登場し、義経主従潜伏を疑う鎌倉方の武士2人をやり込める。だが2人の武士も実は平家残党の相模五郎と入江丹蔵。奥にいる義経主従を信用させるために知盛と示し合わせていた。

 「前半はさっぱりとした男らしさを出します。義経たちに聞かせようと一芝居打つところは、『お芝居の中の芝居』。やっていても面白いです。五郎と丹蔵はおかしみのあるセリフを言います。長い芝居をあきさせずに見せる工夫がほどこされています」

 知盛のおいの安徳天皇は娘お安、女官の典侍(すけ)の局は女房お柳(りゅう)の名で銀平の家族として暮らしていた。知盛は、船幽霊を装って義経一行を襲うため、白装束に姿を改める。

 「がらっと変わり、平家の大将、知盛の位の高さを出します。後輩にどうやると聞かれても教えられないような、技であって技でないところがあります。化粧もちょっと変えます。上品にするため、最初は描いてあったヒゲをおしろいを塗って薄くします」

 だが義経主従は計略を見抜き、裏をかかれた味方の船は次々と沈み、典侍の局と安徳帝は義経の手に落ちる。「大物浦」で知盛は鎧(よろい)に矢が刺さり、舌を真っ赤に塗り、血だらけの姿で登場する。「楽屋に戻らず、花道の突き当たりの揚げ幕で化粧をして出ます」

 知盛は「天皇はいずこにおわす」と口にし、安徳帝を捜す。「天皇を自分の子として育ててきたので、わが子への情と忠義心が一緒になっている。セリフにも切なさが出ます」

 義経は安徳帝を守ることを約束し、憎しみに固まっていた知盛の気持ちもほぐれ出す。そして口にするのが平家一門の状況を仏教の教えの「餓鬼道(がきどう)」「修羅(しゅら)道」「畜生(ちくしょう)道」の苦しみになぞらえる「三悪道(さんあくどう)」のセリフ。

 「戦いの悲惨さ、争いの無意味さが客席に伝わるようにしなければなりません。新型コロナウイルスが流行する今もそうですが、他人を傷つけることを平気で口にする人がいます。人間には残酷な面がある。戦いも同じ。むごさを悲しむ気持ちが三悪道のセリフに込められているように思います」

 知盛の最期は壮絶だ。息も絶え絶えで岩の上に登り、碇(いかり)の綱を体に巻き付けて碇もろともあおむけに海中に身を投じる。

 「端まで下がる時にかかとをちょっと岩の道具から後ろに出しておくとひっかからずに落ちます。理屈を言えば、碇にひかれてずるずるっとなるのでしょうが、高く上がった方がきれいなので、足で蹴ってあおむけに飛び上がります」

 母方の祖父で養父の初代吉右衛門、父方の祖父、七代松本幸四郎、実父の初代松本白鸚も得意とした役だ。

 「3、4歳のころ、知盛が海に落ちる姿をまねて兄貴(二代目白鸚)と下に布団を敷いて机から飛びました。孫の(尾上)丑之助が、おとっつぁん(尾上菊之助)が知盛をやった時に、まねてベッドから飛んでいるのを見て、同じだなと思いました」

 吉右衛門さんが「義経千本桜」で初めて演じた役は、「四段目」の舞踊「吉野山(道行初音旅)」の狐忠信(佐藤忠信実は源九郎狐)である。1971年12月の東京・帝国劇場をはじめとして繰り返しつとめている。

 静御前は夫の義経が潜むという吉野山(奈良県)をめざし、義経の家来の忠信と共に旅してきた。だが、その忠信の姿が見えなくなった。そこで静御前は義経から託された初音の鼓を打つ。すると、いずこからともなく忠信が現れる。

 忠信は花道に開いた切り穴のスッポンからせり上がる。スッポンから登場するのは、妖怪や動植物など人間以外のもの、というのが古典歌舞伎の約束ごと。これだけでも忠信が人間ではないとわかる。

 初音の鼓に皮を用いられた雌雄のキツネの子がニセ忠信の正体。親恋しさに狐忠信は静御前に付き従ってきた。「二段目」の「鳥居前」で初登場し、本物の忠信と信じた義経から自身の名である「源九郎」を与えられているので、源九郎狐とも呼ばれる。

 人形浄瑠璃から歌舞伎化された演目なので、竹本(義太夫節)で踊るのが本来だが、現在は清元と竹本の掛け合いで踊られることが多い。道中を表現す…

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小玉祥子

1985年入社。東京学芸部専門編集委員。現在の担当は演劇、古典芸能。著書に「芝翫芸模様」(集英社)、「二代目 聞き書き中村吉右衛門」(朝日文庫)など。

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