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日韓の童話、源流に2人の「小波」 韓国の研究家が日本の先駆者の本まとめる

巌谷小波=金成妍さん提供

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 桃太郎、浦島太郎、花咲かじいさん――。元々は各地の伝承だったこれらの話を「日本昔噺(ばなし)」としてまとめ、誰もが知るおとぎ話として広めた人物がいる。明治時代に活躍した児童文学者で俳人の巌谷小波(いわやさざなみ)(1870~1933年)だ。生誕150周年の節目の年に韓国の近代文学研究家が18年かけて巌谷が残した俳画を集めた本を完成させたが、巌谷と韓国にどんな関係があったのだろうか。

 巌谷は、各地の伝承をまとめて広めた他、アンデルセンなど西欧の童話を翻訳した。子供や大人に語り聞かせる「口演童話」を全国各地で開き、世間に昔話を浸透させた近代児童文学の先駆者とされる。一方で、韓国人の近代文学研究家、金成妍(ソンヨン)さん(41)は「実は日韓双方の児童文学の源流的な存在なんです」と巌谷のことを語る。

 韓国・釜山出身の金さんは18年前、九州大大学院の留学生として来日。大学の図書館で日本の植民地時代を中心に発行された「京城日報」を読んでいた時、巌谷の記事を見つけ驚いた。巌谷は、海を渡って当時の朝鮮(現韓国)も何度も訪れ、童話を広めていた。ただ、驚いたのは、韓国にも「小波」を名乗った児童文学者、方定煥(パンジョンファン)(1899~1931年)がいたからだ。金さんにとっての「小波」は方定煥で、日本の巌谷のことは知らなかった。

巌谷小波が描いたおとぎ俳画の桃太郎=金成妍さん提供

 金さんによると、方定煥はまだ有名ではなかったころ日本に留学をしていた。「方定煥は日本の小波(巌谷)の活動を知り、民間伝承をおとぎ話として復活させた彼の偉業に憧れを抱いたのではないか」。方定煥は帰国した後、国内で初めて児童向けの雑誌を創刊。子供の人権に目を向け、民族運動へとつながる時代をけん引していった。

 図書館で巌谷の記事を読んだ金さんは「韓国の小波(方定煥)は今も知られているのに、日本の小波(巌谷)は残した業績があまりに継承されていない」と寂しい思いがした。

 「誰も小波(巌谷)を覚えていないなら私が伝えよう」。巌谷は好んで俳画も描いており、おとぎ話と俳画を組み合わせた「おとぎ俳画」に金さんは興味を持った。18年かけて古書店、民家、巌谷が宿泊した旅館など巌谷が口演童話で訪れた各地を駆け巡り、俳画を集めた。

 そして今年、俳画をまとめた本が完成した。金さんは「日本の小波(巌谷)は当時植民地だった朝鮮に偏った見方をしなかった。今思えば、国籍や時代に関係なく、平等な視線でおとぎ話を伝えた姿勢が作品を集める原動力になっていた」と振り返る。

 「私は人生の半分を日本で過ごしてきた。生まれた国と育った国の両方に同じだけの愛情がある。両国の関係は戦後最悪とも言われているけれど、私も韓国と日本の懸け橋になるような仕事をしたいです」と金さんは笑顔を見せた。【河慧琳】

巌谷小波

 1870年、東京生まれ。91年に日本初の創作童話「こがね丸」を発表。児童雑誌「少年世界」の主筆として活躍しながら、日本各地の伝承をまとめた「日本昔噺(ばなし)」、海外のおとぎ話をまとめた「世界お伽(とぎ)噺」などのシリーズを刊行した。また、1910年発表の文部省唱歌「ふじの山」を作詞。尾崎紅葉(こうよう)と親交があり、小説「金色夜叉(やし)」の主人公のモデルになったとされる。

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