連載

北陸ダークツーリズムガイド

観光の対象はさまざまで、戦争や災害の跡を始めとする悲劇の記憶を見に行く旅人もまた多い。1990年代から、ヨーロッパを中心としてこの悲劇の記憶を巡る旅の研究が掘り下げられ、一般に「ダークツーリズム」と呼ばれるようになった。ダークツーリズムは、悲劇の記憶を教訓として後世に引き継ぐ役割を持っていることから、急速にその支持を増やしつつある。本連載では北陸3県を中心としたダークツーリズムの旅を紹介する。

連載一覧

北陸ダークツーリズムガイド

歌人・浅井あいの墓 ハンセン病の教訓、今こそ /石川

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
「生きていてよかった」との顕彰碑の横にある浅井あい氏の墓石=金沢市の奥卯辰山墓地公園で、宍戸護撮影
「生きていてよかった」との顕彰碑の横にある浅井あい氏の墓石=金沢市の奥卯辰山墓地公園で、宍戸護撮影

 金沢の市街地を見下ろす卯辰山は、慰霊施設も備えた公園として憩いの場となっており、特に桜の季節には多くの市民が訪れ、散策を楽しむ。ここに、歌人として著名な浅井あい氏(以下敬称略)も永遠の眠りについている。

 彼女は金沢に生まれ、多感な少女期をここで過ごしていたところ、14歳でハンセン病の罹患(りかん)を告げられる。当時、ハンセン病は不治の病と考えられており、大日本帝国による軍備増強の流れの中、当時のらい予防法に基づいて病者は社会から隔離され、彼女もまた、群馬県草津の療養所に移り住むことになった。晩年の著作「心ひたすら」によれば、その後、金沢の実家では彼女の持ち物が焼かれ、存在が封印されたとの記述がある。

 戦後になり、ハンセン病の特効薬が一般化すると、患者たちは劇的な回復を見せるようになり、医学的には確かにハンセン病は克服されたと言えよう。しかし、社会的差別は長期に渡って続き、家族や縁者にまでその影響が及ぶこともままあった。本来感染力が非常に弱く、戦後は治る病気になっていたにもかかわらず、日本の社会はかつてハンセン病を患(わずら)ったり、その関係者であったというだけで、いわれのない差別的な扱いをし…

この記事は有料記事です。

残り638文字(全文1142文字)

ご登録から1カ月間は100円

※料金は税別です

あわせて読みたい

注目の特集