メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

首都美化デーで東京駅前を清掃する女性たち=1964年1月10日撮影

オリパラこぼれ話

「首都美化はオリンピックの一種目」 きれいな街づくりで東京都

 きれいな街で各国の選手団を迎えたい――。1964年オリンピックに向けて、首都美化運動が繰り広げられた。東京都が62年12月から毎月10日を「首都美化デー」に指定し、街中にあふれるごみを減らすなど、都民総出で道路清掃などを行ったのだ。

     64年大会の開催が決まったのは、59年の国際オリンピック委員会(IOC)総会だった。IOC委員で招致に尽力した東龍太郎氏が、都知事に初当選してから1カ月後のことだった。当時、東京の街は歩きながら公道や河川にごみや吸い殻などを投げ捨てる人が後を絶たず、街中にごみが散乱し、悪臭も漂っていた。盛り場や駅などには違法のポスターや広告看板が掲示され、街の景観を損ねる事態も起きていた。

     東知事は「訪れる外国人に恥ずかしくない東京を」と、上下水道の整備などを進めるほか、公共マナーやエチケットといった都民の公衆道徳向上を目指した。

    首都美化デーの清掃は東京都庁前でも行われた=1964年1月10日撮影

     都は各部局で別々に行っている美化運動を一元化するため、62年11月に「首都美化推進本部」を発足させ、翌月から美化デーをスタートさせた。月ごとに重点地域や実施目標を決めて、都、区、商店街、町内会などが官民一体となり参加。老若男女がごみを回収する清掃活動に汗を流した。東知事や都職員らも都庁前の道路をほうきで掃除した。不法投棄のごみの山などを発見した都民が都に通報する「清掃110番」を設けた月もあり、通報から3日以内にごみを取り除くことを約束した。しかし、違法広告物は、剥がしてもまた張り付けられる、といういたちごっこが続いた。一方、国と連携して競技会場や宿泊施設のある千代田区、中央区、新宿区、渋谷区、世田谷区などを美化推進モデル地区に指定し、きれいな街づくりの拠点にした。

     五輪開幕1カ月前の64年9月10日の美化デーは、都内の主要駅や競技施設周辺など各所で大規模に行われた。五輪の都報告書によると、「一千万人の手で東京をきれいに」をキャッチフレーズに実施要領2万部を作成。報道、行政機関などを通じて取り組みを都民にアピールした。「(訪れる外国人の)お客様をきれいなところに気持ちよく迎えるのは、その家の主人の心づくしというものです。都民はみんな開催都市東京の主人役として、町の美化をつうじ、オリンピックに参加しましょう。首都美化はオリンピックの一種目です」。当日は職場や学校などから推定で7000団体、180万人が参加したという。

     美化運動は五輪向けの事業だったが、区市町村からの要望で五輪後も続いた。都が財政難になったため「(運動は)地域に定着した」として、75年度で事業は幕を閉じた。【関根浩一】

    関根浩一

    東京本社オリンピック・パラリンピック室委員。1985年入社。東京本社事業本部、千葉支局、成田支局、情報編成総センターなどを経て、2017年4月からオリンピック・パラリンピック室。サッカー観戦が趣味でこれまで多くの日本代表戦に足を運んでいる。最近はスコッチのソーダ割りを飲みながらボサノバを聴くのが楽しみ。