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常夏通信

その50 74年目の東京大空襲(36) 米国製戦闘機1機分にも満たない援護額 それでも遠い立法化

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民間人空襲被害者の救済を訴える河合節子さん(右)と吉田由美子さん=東京都千代田区永田町2の衆院第2議員会館前で2020年6月17日、栗原俊雄撮影
民間人空襲被害者の救済を訴える河合節子さん(右)と吉田由美子さん=東京都千代田区永田町2の衆院第2議員会館前で2020年6月17日、栗原俊雄撮影

 今年の通常国会が、延長されることなく閉会となった6月17日水曜日の正午。国会前で「全国空襲被害者連絡協議会」(全国空襲連)の事務局次長、河合節子さん(81)たちが「こんにちは活動」をしていた。

 昨年4月から国会会期中、原則として毎週木曜日に行ってきた活動の「番外編」だ。河合さんは、子どものころにかぶった防空ずきんに似せてあつらえたものをかぶり、路上に立つ。この日は梅雨の晴れ間。マスクで息苦しそうだ。ずきんの下は汗でぬれていた。人通りはまばらだ。

「今も補償をされていませーん」

 第二次世界大戦下、空襲で被害に遭った民間人に対して、日本政府はまったく補償をしていない。一方で、元軍人・軍属らには累計で60兆円の補償や援護をしている。全国空襲連の人たちは、補償されていない民間人被害者だ。国の施策を「差別だ」と認識している。一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道をしている常夏記者こと私も、そう思う。

 河合さんの発案によるこの活動では、道行く国会議員や秘書らに上記の差別の実態などを記したリーフレットを渡し、救済法の早期成立を訴えた。「先の大戦の空襲被害者は今も補償をされていませーん」

 毎回、1時間で活動は終了。その後は議員会館に入り、支援してくれそうな議員の部屋を訪ねることもあった。与党、野党ともに支援する議員がいるのだ。国が始めた戦争で被害を負った人たちが80歳を過ぎるまで国から何の援護もなく、命を削って活動しているのを見ると、常夏記者は胸が痛む。「政府はこのまま、この人たちがいなくなるのを待っているのではないか。司法が被害を認定し、立法による解決をうながしているのに、国会はなぜそれに応じないのか」とも思う。

 行政は民間人空襲被害者に手を差し伸べはしない。立法も動かない。1970年代から80年代にかけて、当時の与党が救済法案を国会に提出したが、全て廃案になった。司法は空襲被害者たちの被害を事実として認め、さらに元軍人・軍属との間に著しい差異が生じていることも認定しつつ、「立法によって解決すべき事」と責任回避。ぐるぐるとたらい回しされた河合さんたちは、その立法をする国会議員に働きかけている。

 全国空襲連は今年が結成10年だ。私は設立以来、取材している。国会などで開かれるほとんどの集会も見てきた。

 空襲被害者たちは長く、国会議員に「お願い」をしてきた。立法をするのは議員たちだから、当然といえば当然だ。だが、私はずっと疑問だった。「なぜ、被害者が国会議員にお願いしなければいけないのか? とっくに立法をして差別をなくすのが当たり前じゃないか」と。

「民間空襲被害者に人間回復の機会を」

 番外編の「こんにちは活動」が終わった後、全国空襲連は国会内で記者会見を行った。戦後75年の節目の年、河合さんたちは立法を強く願っていたが、かなわなかった。立法を拒む政府への抗議と、次の国会での成立を訴えるための会見だ。

 河合さんは「空襲被害を無かったことにせず、被害者の人間回復を」と題した文章で訴えた。

 「被害者の一人として東京大空襲訴訟に参加したとき、私よりもっとひどい被害を受けた人がこんなにもいたのだと知ることとなりました。顔の半分を爆弾で吹き飛ばされ、目を失った人、手や足を失った人、体に穴が開いたまま、いまだに体液が流れ出している人など」

 自身は1945年3月10日、東京大空襲の日、茨城県に疎開していた。だが米軍による無差別爆撃で母親と弟2人を殺された。父親は顔などに大やけどを負った。父は家族を守ることができなかったことで、心にも大きな傷を負っていただろうと、河合さんは想像している。

 補償請求運動に関わったのは、東京大空襲国賠訴訟の原告団長、星野弘さんに誘われたことがきっかけだった。「訴訟への参加を呼びかけられた時、経験がないので迷いました」。しかし、同じように空襲の被害に遭ったたくさんの人たちと出会い、驚いた。

 原告として2007年の提訴から13年の最高裁での敗訴確定までずっとかかわった。敗訴後は立法活動を続けている。裏方の仕事を長くやってきた。しかし星野さんらリーダーが次々と亡くなる中、今は運動を先導する立場にある。

 「被害の大きさに対して、ささやかな救済内容のこの法案を成立してほしいと切望している私たちを、けげんな目で見る人がおります。私たちは戦争被害を無かったことにしないために、そして裁判所が立法によって解決すべきだとした判決を実現し、民間空襲被害者に人間回復の機会を失わせないために、ぜひ、今国会で救済法を制定していただきたいと思います」

 「けげん…

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