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京都の大学自治寮の存廃を巡る物語 脚本家、渡辺あやが映画「ワンダーウォール」に込めた思い

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映画「ワンダーウォール劇場版」について話す脚本家の渡辺あやさん=東京都渋谷区で2020年3月11日、宮間俊樹撮影
映画「ワンダーウォール劇場版」について話す脚本家の渡辺あやさん=東京都渋谷区で2020年3月11日、宮間俊樹撮影

 2年前に放送され多くの共感を集めたドラマ「ワンダーウォール」が、映画「ワンダーウォール劇場版」として劇場公開され、再び話題になっている。京都の「京宮大学」にある築100年超の自治寮「近衛寮」を巡り、建て替えたい大学側と、補修し残したい学生たちの対立を描いた作品だ。大学側が学生との対話を拒む姿勢を、大学の学生課に突然現れた白い壁(ウォール)で象徴的に表現。現代の若者が、考え、悩み、苦悩し、感情を互いにぶつけ合う姿が深く印象に残る。そんな話題作を生んだ脚本家の渡辺あやさんに作品に込めた思いを聞いた。【佐々本浩材】

テーマは廃寮問題 ドラマから共感の輪が広がる

 この作品は、「京都発地域ドラマ」としてNHK京都放送局が制作。2018年7月にNHKBSプレミアムで放送され、9月にNHK総合で再放送されたら終わるはずの作品だった。

 実際、京都大学には、「吉田寮」と呼ばれる築107年の自治寮が存在し、その存廃を巡って大学側と学生たちが激しく対立している。ドラマの内容と現実がオーバーラップし、BS放送時から話題に。対立の象徴として登場した「壁」は、今の社会のそこここにあると受け止められ、自身の問題として共感の輪が広がった。NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」や大河ドラマ「いだてん」の音楽でも知られる音楽家の大友良英さんはじめ、多くの著名人が感想をそれぞれの媒体で発信。毎日新聞でも、小説家の中島京子さんが、ドラマを導入部に「自治の文化失うな 吉田寮問題、京都大当局は話し合いを」と呼びかけた寄稿を文化面に載せた。

 ドラマのキャラクターデザインを担当した、映画「るろうに剣心」などの衣装デザイナーとして知られる澤田石和寛(さわたいし・かずひろ)さんは放送後、自身が現場で撮っていた写真をまとめ、「澤寛」の名でシナリオ付き写真集「ワンダーウォール」を刊行した。出演者が放送後もイベントなどで作品への思いを語り続けるなど、出演者やスタッフにとっても特別な作品となった。そんな関係者やファンの熱い思いから映画化が決定。新たに撮った映像も追加し、再編集した映画版が公開されることになった。

 ドラマの放送からほぼ丸2年。ファンはもちろんだが、出演者やスタッフにとっても待ちわびた映画公開だった。

 「うれしいですけど、緊張しますね。今起こっていることに、どういう思いがあったりとか、どういう現実があるのかということをなるべくたくさんの人と共有したいと思って作りました。それがドラマを作った最初の大きな動機だったので、ドラマが何回か放送されたけど、とことんまでやろうと皆で映画化を目指しました。ここに至るまで、いろいろ越えなければならないハードルはあった。でもやっとここまで来られて、あとはもう作品と私たちの力によるところまで来たので、緊張しています」

撮り直した演奏シーン 危機感共有の象徴

 渡辺さんは、03年公開の映画「ジョゼと虎と魚たち」で脚本家デビュー。阪神大震災から15年が経過した神戸を舞台にしたドラマ「その街のこども」(10年放送、11年に映画化)やNHK連続テレビ小説「カーネーション」(11~12年)など話題作をこれまで手がけてきた。寡作の脚本家で、記者会見などにもあまり出席しないが、今作はイベントや記者会見にも積極的に参加している。渡辺さんにとっても、この作品は特別なようだ。

 「どの作品とも違いますね。こんなふうに、描いていることと同時進行で時間が流れているっていうのはこれが初めて。『その街のこども』は終わったこと(阪神大震災)を描いていて、そこから、どうなるということはなかった。この作品はまだ問題が継続中で、事態が動いたりしているので、私たちもそれに連動するように動いている。その緊張感がずっとあります」

 映画化に当たって、上映時間を少し延ばす必要があったこともあり、ドラマの時には放送時間に収めるため削ったセリフや映像を復活。音楽を担当した岩崎太整(たいせい)さんの楽曲「ワンダーウォール」を、京都の学生たちが思い思いの楽器で演奏(セッション)するエンディングの場面は昨年9月に新たに撮り直した。ドラマで使った演奏の映像(18年バージョン)の後、新たに撮った演奏シーン(19年バージョン)が流れる。公募したところ、各地から京都に100人を超える人が集まった。

 「19年バージョンのセッションはもう理屈じゃなくて、本当にやりたかった。ローカルの小さなテレビドラマで、そんなに放送時間に恵まれていたわけでもないんだけど、ドラマにして人に伝えたことで、すごく大きい反響を頂いた。私たちの作品が認められてうれしいとか、そういうこと以上に、同じような問題意識を共有できる人たちがいるんだということが純粋に、今この現代を生きる人間としてすごく心強かった。また同じように危機感や問題意識を持っていて、どうしたものかと思っている人たちの励みのようなものになるということが自分はうれしいし、私たちの社会がそういうふうにつながっていければいいなあと思う気持ちがすごく強かった。その象徴として、ラストに再び、あの(演奏)シーンを入れました」

 「18年バージョンは京都の学生さんに『こういうことをやるので集まってください』と声をかけ集まってもらった人たち。19年バージョンはドラマを見て、(ドラマの)近衛寮を応援したいと思って集まってくれた方たちなので大きな違いがあります。単純に人数も、楽器の数も増えているので、音の印象として私はすごく重層的になったなという印象があるんです。脚本家なので、映像として意図するんですけど、これだけ人数が増え、年齢層もバラバラだったりして、その厚みで見せられたらすごくいいだろうなと思ってセッションを提案したんですけど、音になって聞いてみると、私が意図していたことが全部、音の厚みで感じられて。たくさんの楽器があり、大勢で演奏していることで、音の包容力を感じる。安易な言い方かもしれないですけど、多様性は大事だとか、多様性はいいものだとか言うじゃないですか。音の厚みからそれを感じられたような気がしてうれしかったんです」

壁は危険 向こう側の人が敵に見えてしまう

 大学側と学生たちの話し合いは、学生部長だった教授が学生の主張に理解を示し、一時は近衛寮の補修存続案で決着がつきかける。しかし、教授は体調不良を理由に、突然、学生部長を退任。後任の学生部長は寮との団体交渉には一切応じないと宣言し、寮生に退去通告を出す。学生たちが話し合いのため、たびたび訪れてきた学生課には白い壁が設置され、職員がいるカウンターの内と、学生たちがいるカウンターの外がはっきり分断された。タイトルにもなった「壁(ウォール)」が、そんな両者の関係を象徴的に描いている。

 「壁は実際にあるんです。昔は、学生たちが自由に行き来していて、職員の机のところまで行って、抗議する時もあれば、仲良くなってダラダラ話すこともあったのが、抗議に来る学生たちをあそこ(壁)でシャットアウトしている。あと、人数があまり(学生課に)入れないようにするために恐らく壁ができたんですね。すごく象徴的、ザッツ現代だな、と思って。それで物語に取り込んで、ワンダーウォールというタイトルにしました」

 「今、明らかに現実の方が…

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