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常夏通信

その51 74年目の東京大空襲(37) 同じ敗戦国のドイツは民間人にも補償

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民間人空襲被害の救済を訴える「こんにちは活動」。国会会期中の原則毎週木曜に行ってきたが、閉会中も続けることになった=東京・永田町の衆院第2議員会館前で2020年7月2日、栗原俊雄撮影
民間人空襲被害の救済を訴える「こんにちは活動」。国会会期中の原則毎週木曜に行ってきたが、閉会中も続けることになった=東京・永田町の衆院第2議員会館前で2020年7月2日、栗原俊雄撮影

 7月2日の正午。東京では、梅雨の合間の快晴が広がっていた。国会前で「全国空襲被害者連絡協議会」(全国空襲連)の人たちが、「こんにちは活動」をしていた。第二次世界大戦の空襲被害者たちが、国に補償を求める立法活動を続けている。道行く国会議員らに、被害の救済の実現を求めるリーフレットを渡し、呼びかける活動だ。

 全国空襲連事務局次長、河合節子さん(81)の発案で昨年4月、毎週木曜日に行うこととなった。国会会期中、というつもりだったが、今年7月からは閉会中も行うことにした。

 議員たちは地元に帰っているのか、人通りは少ない。周辺では国会会期中ならばこの時間、別の団体も盛んに集会などをしているのだが、この日はそれも見当たらなかった。

81歳 夏も続ける国会前の活動

 一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道をしている常夏記者こと私は、昨年6月にこの活動を知って以来、ほぼ毎回取材している。「80歳を過ぎた人が、暑い中で1時間立つ。自宅からの移動の労力も考えると、相当な体力を消費するはず。通りかかる人が少ないし、休んだ方がいいのでは」。部外者ながら、そう思った。

 河合さんは「少し休みたい気もしたんですが……」。それでも、「今、自分たちができることをやろう」という気持ちで立ち続ける。

 東京大空襲、大阪空襲の被害者たちが国の補償を求めて闘った裁判は、それぞれ2013年、14年に最高裁で敗訴が確定した。ともに1審、2審とも敗訴であった。つまり、裁判所は二つの訴訟で計6回判断し、いずれも原告の訴えを退けたのだ。被害者の年齢からして、これから同様の集団訴訟が起きることはまずないだろう。

 原告たちが納得いかないのは、いくつもの理由がある。たとえば、判決が原告たちの戦争被害を認定していながら、国に補償や援護を命じないことだ。国にその意思がないことは、繰り返されてきた戦後補償裁判を見れば明らかである。また同じく第二次世界大戦を戦った各国が、民間人にも援護や補償をしていることも、原告たちの不満を高めている。「なぜ外国でできて、日本ではできないのか」ということだ。

ドイツ、イタリアは民間人にも補償

 大日本帝国の同盟国だったドイツは敗戦まで、戦争犠牲者を援護する法制があった。しかし連合国の占領下で廃止された。この事情も日本と似ている。1949年、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が成立。翌50年、「戦争犠牲者の援護に関する法律」が制定された。

 対象は、元軍人だけでなく市民も含まれる。さらにドイツ以外の国籍でも、ドイツ国内、もしくは損傷当時ドイツ国防軍の占領地域にあり、戦争の直接的影響により損傷を受けた場合などの条件を満たせば、対象となる。その内容は障がい年金やリハビリを含む医療保障、遺族年金など。空襲などによって失われた財産も補償される。家事援助や温泉保養まである。民間人への補償や援護を、「国が雇用していなかった」という理由で拒んできた日本に比べると、非常に手厚い。日独と同盟していた枢軸国・イタリアは78年、西独と同種の法を制定した。

 戦勝国にも、民間人を含む補償制度があった。イギリスは39年、「人身傷害(緊急措置)法」が制定され、第二次世界大戦における市民の被害への補償が行われている。

 外国、ことに同じ敗戦国のドイツでできて、なぜ日本ではできないのか。あるいはしないのか。戦後補償に関心のある人なら、誰しも考えることだろう。この問題を巡っては、半世紀近く前の国会ですでに論戦があった。

半世紀前の国会論戦

 たとえば73年の通常国会。野党・社会党が議員立法として、「戦時災害援護法案」を提出した。眼目は、「先の大戦で、空襲その他の戦時災害によって身体に傷害を受けた者および死亡した者の遺族に対し、『戦傷病者特別援護法』及び遺族援護法に規定する軍人軍属などに対する援護と同様、国家補償の精神に基づく援護を行う」という規定である。要するに、民間人戦争被害者にも、元軍人軍属らにしている補償をする、という法案だ。

 これに対する国側の答弁、同年2月27日の参議院社会労働委員会で斎藤邦吉厚生相のそれは、本連載その26ですでに見た。繰り返すと、斎藤は民間人の被害を認めつつ、元軍人・軍属と同じような補償や援護はしない理由を述べた。後者は「(国と)直接関係の深い」人たちであるのに対し、前者はそうではなく、だから「一般的な社会保障」で「めんどうをみ」るということだ。つまり同じ戦争被害者でも、民間人には元軍人らにしている援護はしない、ということである。今日に至るまで、我らが日本政府の方針だ。

 社会党は粘り強く食い下がった。6月26日の同委員会、矢山有作議員(社会党)と斎藤の議論を見よう。

 矢山 戦争犠牲者の援護立法の経過を日本の場合見ておりますと、まず軍人、軍属に対する援護から始まって、そしてそのワクを徐々に拡大していったという経過をたどっておるような気がいたします。ところが、いま西ドイツなりイタリアの戦争犠牲者の立法措置を見てみますと、これは軍人、軍属だけでなしに、戦争犠牲者と称するもの全体に対する援護措置としてまず基本が確立されてきたというふうに思うんです。で、太平洋戦争の実態を考えてみると、ご存じのように、国内でもまさに戦場になっておったわけですから、したがって、立法として西ドイツなりイタリアの立法のやり方、日本の立法のやり方を厚生大臣比較検討して見られて、どうお考えになりますか。

 斎藤 日本の援護立法は、ご承知のように、マッカーサー司令部の占領時代においては軍人とか、そういうことだけを理由にして特別な待遇をしてはならないというふうなことから、一般的な社会福祉ということで救済すべきである、援護すべきである、こういうところから出発したところにドイツの援護法とそもそも出発からもう違ってきておったという感じがするわけでございます。ドイツはそういうふうな考えではなしに、戦争ということ…

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