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音楽の力、信じたい 強い言葉の一人歩きは怖い 村上春樹さん単独インタビュー・前編

村上春樹さん=東京都千代田区のTOKYO FMスタジオで2020年7月2日(村上事務所提供)

 作家の村上春樹さん(71)が7月上旬、東京都内で本紙の単独インタビューに応じました。全文を2回に分けて掲載します。前編はディスクジョッキー(DJ)を務める番組にかける思いから、新型コロナウイルス流行下での文学や音楽の役割まで、幅広く話しました。11日掲載の後編は自身の近作について語っています。【聞き手は学芸部・大井浩一、棚部秀行】

 ――村上さんは2年前からTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(全国38局ネット)のDJを務めています。広さ50平方メートル余のスタジオで行われた次回(8月放送予定)の収録の様子を見せてもらいましたが、和気あいあいとした雰囲気でスタッフとの呼吸もよく合っていますね。

 ◆そうですね。スタッフが固定していて、割に気持ちよくやっています。この前の2回は(コロナによる外出自粛で)ステイホームだったので、僕が一人で、自宅で収録したんですけど、今回から元に復しました。

 ――「僕のDJ体験」のテーマでお話を聞きますが、まず村上さんが聴いてきたほうの体験を。中高生時代にはラジオ関西の電話リクエストをよく聴いていた、と。デビュー作「風の歌を聴け」に、その番組が重要な場面で出てきます。

 ◆ラジオとともに育ったという感じがします。テレビももちろん見ていたけど、テレビって、昔ほら、一家に一台みたいな感じだったから、どうしてもみんなで見るという感じですよね。でも、ラジオというのは1対1だから。僕、音楽が好きだったから、ラジオが一番パーソナルな、その面ではすごく親しみが持てるメディアだったんですよね。いろんな音楽をラジオで聴きながら育ってきたから。

 ――トランジスタラジオですか?

 ◆小さなトランジスタラジオですね。それもAMですよね。FMが出てきたのは、僕がもう高校生の終わりぐらいになってからです。それより前は、もうほとんどAM、中波放送ばっかりですよね。だから、音なんかあまりよくないんです。でもね、音がよくなくても一生懸命聴いた。あの頃はレコードも高いしね、そんなにいっぱい買えないじゃないですか。ラジオで仕入れるしかない。今みたいに、ストリームとかダウンロードもできないから。その分、一生懸命、大事に音楽を聴いていたということだろうと思います。

 ――テープレコーダーで録音することは?

 ◆その頃はまだカセットテープもなくて、オープンリールしかない時代。だから、そんな簡単にできないんです。後になると、チューナーからデッキに録音したりダビングしたりするようになるし、ラジカセなんかも出てきたけど。

 ――ともかく、その時聞こえてくるのを一生懸命聴くところから始まった、と。

 ◆それしかないです。

 ――ラジオを自分の部屋で聴き始めたのは、いつごろから?

 ◆小学校5年生ぐらいかなあ。小さいソニーのトランジスタラジオをもらって、それで聴き始めて。1959年ぐらい、60年より前です。その頃からずっとポップスを聴いていましたね。それから中学校、高校では、もう少し大きいトランジスタラジオになって。

 ――最初から、もう洋楽ですか。

 ◆洋楽一本。僕は神戸の文化圏で育ったから、あの辺は洋楽中心だったんです、昔は。街でかかっている音楽も洋楽ですよね。文化的にそういう土壌だったのかなあ。あまり意識しなかったですけどね。自然とね、そっちのほうに行って。

 ――幼い頃、ピアノを習ったそうですね。

 ◆習っていましたね。練習が嫌でやめちゃいました(笑い)。小学校何年生からかな、ずっと中学校ぐらいまでやっていました。だから、楽譜は今でも読めて、それはよかったなと思っています。もう弾けないですけど、音楽聴きながら、ピアノで和音を探したりするの、好きですね。ただね、音楽って常に練習していないとだめじゃないですか。ピアノ弾くんでも、バレエ踊るんでも、ずーっと長い練習して、やっと人前でできるようになるのに何年もかかるのに、ちょっと練習を怠ったらもう落ちていく。でも、文章って練習しないでもすぐ書けちゃうんですよね。こんな楽なことないですよ、練習しなくていいんだもん。

 ――聴くほうはそれでもポピュラー?

 ◆小学校の時から中学校、15歳ぐらいまではずっとポップスばっかり聴いていたんですけど、そこからジャズを聴いて、のめり込みまして、同時にクラシックも聴くようになって。ポップミュージックはもうラジオで聴くだけになって。レコードとかジャズ喫茶で聴くのはジャズとクラシックのほうになった。だから、3本立てで行っていたんですね。

 ――12歳の時に家にステレオ装置が来た、ということですね。

 ◆そう、芦屋に移った時ですね。で、レコードを買って聴くようになるんだけど、あの頃レコード高いですからね。だからラジオでいろんな音楽を聴いて、欲しいものを厳選して買うということです。

 ――最初に手にしたレコードはビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」だそうですね。

 ◆あれはステレオ買った時におまけで付いてきたんですよ。自分で最初に買ったのはジーン・ピットニーのLPでした。中学校2年生ぐらいだったっけ。それがレコードコレクションの初めで。もうそれ以来、50何年もずーっとコレクションしていて。今はもう置き場もないぐらいたまってしまった。本は1回読んだらね、だいたい古本屋に売ったり、処分しちゃうんだけど、レコードは持っていますね。普通、作家は逆だと思うんだけど、僕の場合、本にはそんなに執着ないんですよ。初版とかそういうのも全然興味ないし。ただ、レコードはもうオリジナルのファーストエディションを中心に探しています。どっちかというとコレクターに近いですね。

 ――蔵書家ではない?

 ◆蔵書家ではないです。本もためる、レコードもためるじゃ大変ですよ、そんなの(笑い)。

 ――洋楽をよく聴いて、自然に歌詞を訳すようになった、と。

 ◆僕はだから、歌詞を聴いて、丸暗記して、訳したりしているうちに英語がだんだん好きになってきて。今では翻訳をするようになったけど、最初は音楽の歌詞を全部頭に覚え込むというのが出発点です。

 ――「村上RADIO」を始めたきっかけは? 出版社の担当編集者を介して持ちかけられたということですが。

 ◆やりませんかという話が来て、僕もテレビは嫌だけど、ラジオだったらやってみてもいいかなという感じで。というのは、僕はレコードとかCD、山ほど持っていて、だいたい一人で聴いているんです。家で一人で聴いているとね、つまんないんですよね。誰かと一緒に話しながら聴ければいいなと思うんだけど、なかなかその誰かがいなくて。僕は昔ジャズの店をやっていたから、客が来て、レコードをかけて、あるいは生演奏して聴かせて、ということで、誰かと一緒に聴くのは慣れている。それが店をやめてからずーっとなかったから、そういう場所があるといいな、とは思っていた。ラジオだったら、そういうことってできるじゃないですか。それで、好きな音楽をかけて、好きなことをしゃべらせてくれるんだったら、やってもいいと話に乗った。

 ――デビュー前、早稲田大在学中の74年から7年間、ジャズ喫茶を開いていましたものね。「村上RADIO」は2018年8月に第1回が放送されました。

 ◆最初から自分でレコードを選んで、何を話すかプログラムを作って、テーマを決めて、こういうフォーマットでやろうというふうに決めてやっているんです。レコードやCDは全部、僕が持っているコレクションの中で、これをかけたいというのをかけています。そういう番組って、今のラジオで不思議になかなかないですね。セレクトショップみたいなもので、何でもありますよという店ではなくて、品物を店主がセレクトして並べて、「こっちのテイストで並べています、気に入ったらまた来てください」ということです。だからテイストの合わない人は来ないし、テイストが合えば必ずまた来店してもらえるという感じの番組を作りたかった。

 ――イメージした番組はありましたか。

 ◆いや、特にはないですね。ボブ・ディランが曲をセレクトしてやっているラジオ番組がアメリカで評判になったんです。かなり渋い曲ばっかり集めて。ただ、僕のはそんなに渋い曲は集めないです。というのは、僕は作家であって、音楽の専門家ではないので、あくまで趣味としてやっているんで、割に穏健なところでテイストを出す。ボブ・ディランの場合、音楽の専門家だから、そうとう突っ込んだ選曲していますけど、僕はそこまではいかない。むしろ、カスタマーフレンドリーなことをやりたいですね。あんまりこっちからいろんな要求を押しつけてもね、人は離れて行っちゃうと思うんで。

 ――2年間で既に15回放送を重ねました。

 ◆本当はもっとやりたいんですけど、ふだん僕、外国に行くことが多いんで、なかなか録(と)りだめってできないんですよね。今はコロナで行けないから、やっていますけど。本当は1カ月に1回ぐらいやりたいと思っているんです。やりたい企画は1年、2年分ぐらいたまっているから、いくらでもできる。ラジオは新しい試みとしてもすごく面白い。原則的に僕のラジオは1対1の対話だと思っているから、一人一人に話しかけるように話せるし、向こうからレスポンスも戻ってくるし。音楽聴きながらパーソナルに話ができるというのはいいですね。今はインターネットが中心になって、Zoom(テレビ会議システム)だとかSkype(インターネット電話サービス)だとか盛んになっているけど、ああいうのはどうもなじまない。僕は、音楽のソースもCDとかストリームよりはLPレコードが好きだし、車の運転もマニュアルシフトが好きだしとか、アナログなんですよね、結局。だからラジオはピッタリ。テイ…

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大井浩一

1987年入社。東京学芸部編集委員。1996年から東京と大阪の学芸部で主に文芸・論壇を担当。村上春樹さんの取材は97年から続けている。著書に「批評の熱度 体験的吉本隆明論」(勁草書房)、共編書に「2100年へのパラダイム・シフト」(作品社)などがある。

棚部秀行

1998年入社。仙台支局、東京社会部などを経て、現在東京学芸部副部長。

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