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責務として「父親と戦争」を書いた 村上春樹さん単独インタビュー・後編

村上春樹さんのエッセー「猫を棄てる 父親について語るとき」

 作家の村上春樹さん(71)は本紙の単独インタビューで、4月に出版したエッセー「猫を棄(す)てる」、7月18日刊行の最新短編小説集「一人称単数」(いずれも文芸春秋)についても語りました。後編として掲載します。「猫を棄てる」は2019年に雑誌発表され、父親の従軍歴など、これまで書いてこなかったプライベートな内容が話題を呼びました。

 前編ではDJを務めるラジオ番組や、新型コロナウイルス流行下での文学や音楽の役割について語っています。【聞き手は学芸部・大井浩一、棚部秀行】

 ――衝撃的なエッセーでしたが、やはり70歳を期して書いてみようと考えたのでしょうか。

 ◆今、書いておかないとまずいなと考えました。正直言って、身内のことで、あまり書きたくなかったんですけど、書きのこしておかないといけないものなので、一生懸命書いたんです。物を書く人間の一つの責務として。

 ――それはお父さんが3度召集された戦争、特に日本による中国侵略に関わることだからでしょうか。

 ◆それはすごく大きいですね。そういうことがなかったことにしたいという人たちがいっぱいいるから、あったということはきちんと書いておかないといけない。歴史の作りかえみたいなことが行われているから、それはまずいですよね。父親が生きているうちは、あまり書くのは適当ではないと思っていたから、(2008年に)亡くなってからしばらく時間を置いて書いたということです。

 ――村上さんは、虐殺の行われた南京攻略戦にお父さんが参加したかもしれないと思っていて、記録を調べる気持ちになかなかなれなかったと書いています。結局、南京戦には参加していないと分かったわけですが。

 ◆そういうこともあってなかなか手をつけられなかったんだけど、そろそろ書かなくてはと心を決めました。調べてみると、父親の部隊は武漢のほうまで行って戦争していたんだと、(コロナ報道で)武漢(の映像)を見るたびに思いました。

 ――中国については初期作品からさまざまな形で扱い、重大な問題として捉えてきました。

 ◆そうですね。確かに一つのテーマというか、モチーフになっています。

 ――お父さんの部隊が捕虜の中国兵を処刑したことなど、直接聞いた話も大きかった?

 ◆やっぱり子供にとってはショックというか、それは残りますよ。

 ――また、かつて長い期間「冷え切った」関係だったという父子の描き方も、読者には驚きでした。

 ◆あの文章を書くのはけっこう難しかったですね。自分自身についての事実を書くというのはとてもきついです。どういうふうに書くか、そのスタンスを決めるのに時間がかかります。

 ――猫にまつわるエピソードがあったから書けた、とも。

 ◆いろんなエピソードを持ってきて全体のバランスを取り、人に読んでもらえる一冊の本にするというのは簡単なことじゃない。ようやく技術的にそれができるようになってきたということなのかもしれないけど。昔は書けることと書けないことというのがありまして、書けないことは避けて通っていたんです。でも、だんだん作品ごとに書けるようになってきて、それで随分楽になりました。いろんな、前は書けなかったことがだんだん書けるようになってきて。最初の「風の歌を聴け」なんて書けないことの方が圧倒的に多かったから、書けることだけつないでいったら、ああいう本になった(笑い)。

 ――「風の歌を聴け」は、ポップなものを自然に文章に取り込んだ文学がやっと現れたと、当時の若い世代は支持しました。

 ◆僕はもうあれしか書けないから書いただけ、ということだったんです。でも、あのままじゃ作家としてやっていけませんからね。だから、文章がより自由に書けるように練習していって、やっといろんなことが思うように書けるようになってきたなという感じが最近はしています。

 ――やっと書けるように、と感じたのはいつごろですか。「1Q84」ではかなり自在に……。

 ◆そうですね、あのへんからぐらいかなあ、割に楽に書けるようになってきたなと思ったのはね。

 ――「1Q84」に、主人公の一人、天吾と父親の和解のシーンがありますが、「猫を棄てる」につづった晩年のお父さんとの場面を思わせます。短編「トニー滝谷」でも中国に関わる父子関係を描いています。

 ◆そういえばね。でも、一人の人間が書きたいこと、書かなくちゃいけないと思うことは限られています。そんなにたくさんあるわけじゃなくて、それをいろんな角度から、いろんな方法で書き続けるということでしかないんです。

 ――間もなく6年ぶりの短編小説集「一人称単数」が出ます。収録作8編のうち7編は18年から3年かけて発表され、1編は書き下ろしですが、それだけ時間をかけて書いたのでしょうか。

 ◆気が向いたら書くということですね。特に締め切りも何もなくて。最初の3本をわっと最初にまとめて書いたのかな。

 ――書いたものから発表していった?

 そうです。

 ――「一人称単数」というタイトルになったのは、短編を改めて一人称で書きたいという意図の表れですか。

 ◆一人称をもう一回ちゃんと書いてみたいという気がして。8編それぞれに違う一人称なんです。みんな違う人がいろんな一人称で語っている、でも、ある種の共通点があるという割とややこしい構造になっています。

 ――それぞれに仕掛けが凝らされていて、…

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残り2005文字(全文4205文字)

大井浩一

1987年入社。東京学芸部編集委員。1996年から東京と大阪の学芸部で主に文芸・論壇を担当。村上春樹さんの取材は97年から続けている。著書に「批評の熱度 体験的吉本隆明論」(勁草書房)、共編書に「2100年へのパラダイム・シフト」(作品社)などがある。

棚部秀行

1998年入社。仙台支局、東京社会部などを経て、現在東京学芸部副部長。

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